テーマ:一人暮らし

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「当然。尊いお姉さまのために働きなさい?」
今まで甘やかされて育った弟は、きっとすぐに嫌になって実家に帰るだろう。どうせ大した理由で家出なんかしていないのだ。我ながらなかなか良い作戦だと思った。
弟が私の顔をじっと見つめてくる。その顔を見ながら、さっさと根を上げろ、と私は一人いい気になる。弟の口が小さく開いた。
「わかった。その代わり、居候させてよね?」
釘を刺す様に睨まれて、私の方が逆に怯んでしまう。
「親にチクったら家の中荒らすから」なんて見下されながら脅されて。身長差というものは本当に厄介だとつくづく感じた。もしかしたら彼は見下ろされる者の僅かな恐怖心に気付いてしまっているのかもしれない。

私のコンプレックスはハッキリ言って弟かもしれない。
3才差にも関わらず、両親は弟にベッタリだった。入学式も卒業式も被る3才差という魔の数字の中で、優先されるのはいつも弟だった。
「あっちゃんはしっかりしてるから」
母は絶対的な信頼の笑顔で私にプレッシャーを与えた。『しっかりしている』私は駄々を捏ねてゲームや服を買って貰うことなんて出来やしない。靴なんか、いつでも踵が擦り切れるまで履いていた。
対して弟は、昔から何でも上手く立ち回っていた。『しっかりしていない』ことを逆手に取り、両親の愛情と関心を一身に集めていたのだ。同じ受験塾に通っていたはずなのに、なぜか弟は車で送り迎え。私は雨にも負けず風にも負けず自転車通学しなくてはならなかった。弟は、背が伸びたからと次々に新しい服を買い与えられ、雨上がりの水溜まりで駄々を捏ねる手法で高価なゲームを買ってもらい、18になった途端にバイクの免許を取っていた。しかも、いつの間にかバイク本体まで親に買ってもらっていたのだから見上げたスネかじり根性だ。
弟のバイクを置く為に、私が育てていた小さな雑草たちは見るも無残に踏みつぶされていたのを見つけた時ばかりは、私も思わずポロリと涙が零れた。誰も知らなかったので仕方ないかもしれないが、私のささやかな楽しみだったのに。
私が就活のためにエントリーシートを作っている時も、両親は弟の受験を優先した。弟のご機嫌取りのために欲しいCDだのを全て買い与え、塾の送り迎えに勤しんだ。おかげで私はうるさい音楽に悩まされながら志望動機を何十枚も書かなくてはいけなかったし、面接のイメージトレーニングなんて絶対にできなかった。あまりにも気が散るので耳栓をして布団を被って書いた自己アピールが何枚あっただろうか?

9階から見える景色

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