テーマ:一人暮らし

9階から見える景色

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畳の香りが嫌いだ。あの古臭い湿気た香りにゾッとする。
だから、一人暮らしをするならオールフローリングにしようと決めていた。それから、風通しのいい西向きの物件。新社会人の給料で借りられるような部屋は限られているけど、ありがたいことに私には今までの貯金があった。
小さいけど、私の城。そこにはうるさい弟も父親の苦しそうないびきも無い。家具を好きに決めて小さな中古車を買う。シンプルだけど使いやすくまとめた1DK。ご近所付き合いがほとんど無くて、でも、逆にそれが楽でいい。あんまり知らない隣町は、実家の周りより少し都会的で少し人と建物が多い。けど、空気もそんなに悪くないし物価も高くない。
一人暮らし初の9階のベランダはまだ慣れなくて怖いけど。きっともうちょっとで好きになれる。きっと、お盆でも過ぎればもう少し仕事にも慣れるだろう。
全てが順調。そう思っていたのに。

弟が私の平穏を乱しに来た。

大きめのボストンバッグを持った弟は、いかにも不貞腐れた顔で私の城に来た。1DKのD部分のまさに真ん真ん中。私の特等席の2人掛けのソファを1人で陣取り、穴の空いた靴下で胡座をかく。
「あんたが居候するような部屋なんか無いんですけど……?」
帰ってよ、と言外に含めると、弟の眉がギュッと寄った。
「バイトして金貯まったら出てくから」
両手を合わせて懇願する猫被りな弟を無視して、私は素早くスマホを取り出す。とりあえず保護者に連絡だ。実家の番号を呼び出したところで弟にそれを引ったくられた。
「何してんのさ!」
ヒステリックに声を上げる弟に相反し、私はとても冷静に彼を見ることができていた。
「保護者に保護してもらおうと思って」
「姉ちゃん、ヒドイ!」
「当然の処置です」
返せ、と弟からスマホを取り戻そうとするが、生憎、ニョキニョキ成長しやがった弟の長身に、中学から身長の伸びていない私の手が届くわけなどない。その明確な身長差にチッと舌打ちしそうになるのをぐっと我慢し、弟を睨みつける。
「じゃぁあんた、ここに居候する代わりに私に何してくれんの?」
「掃除! 俺、掃除好きだよ‼」
自信満々な弟にこれ見よがしにため息をついてやった。弟の部屋の汚さを思い出す限り、弟を掃除好きだろうとは到底思えない。
「……じゃぁ、家事全部やってくれんでしょうね?」
イラついた私の口は更に無理難題を突き付ける。弟はサッと青ざめ「毎日……?」と恐る恐る訊いてきた。私はいい気になり、胸を張る。

9階から見える景色

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