テーマ:一人暮らし

ミントティー

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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世の中はこれからも寿命が延びるという。それは夫婦で過ごす時間も延びることになる。茜は、自分が何となく周りに流されてここまできた様な心もとなさを感じた。
ちゃんと考えなくてはと焦る思考の中に、落ち着こうとして茶々を入れはぐらかそうとする言葉ばかりが浮かんでくる。
 「それにしても、一回って・・・」
 興味が本質から逸れワイドショー的な発想になったが、それは救いであり自己防衛機能の発令であった。

 考えるのを止めてキッチンに立ち、冷蔵庫から氷を出しグラスに入れた。ソファーに戻り、濃くなったミントティーを注ぐ。
 気が付けば、夫の事でも浮気相手のことでもなく、あの時感じた衝撃に動揺したことに思いが移っていた。

夫の浮気うんぬんよりも、久しく自分が激しく心が揺さぶられることがなかった事実を思った。
まるでぬるま湯に浸かっているような暮らしだと自分でも気が付いていた。でも、年齢を考えてみれば、老いていくとはそんなものだろうと思っていたし、それでいいと思っていた。
冷えたハーブティーを飲みながら、
「とにかく今は無理に考えるのは止めよう。」
 とシンクに立ち、勢いよく水を出しグラスを洗った。水しぶきが顔に跳ねた。タオルを顔に当てると安堵感が訪れ、そのまま泣いた。
自分が迷子になった子どもの様に感じた。しかしもう子どもどころか、ひと昔前なら立派な初老といわれる歳なのだとしみじみ思った時、気が抜けて涙も止まったのであった。

(2)
「向こうが君に会いたいって言ってるんだけど・・・」
夫が視線を合わせず言いにくそうに呟いた。
「離婚して欲しい」か「認知して欲しい」ということだろうか。
「嫌よ。困るわ。」
と言って、茜はキッチンへと向かった。だが、避けて通れないことは明白だった。

仕方なく話が進み、場所をセッティングするにあたり、茜は松濤にあるこの自宅にして欲しいと言った。喜ばしくない来客ではあるが、自宅はいわば茜のホームグラウンドであると共に、ここなら泣こうが喚こうが、どんな状況になろうが、一番迷惑にならない場所であった。

その日の朝、茜がティーセットを用意していると、浩一郎が突拍子もない事を言った。
「あっちは3人だから。」
「えっ?さんにん?」
「ご両親も一緒なんだ。」
茜は、ハトが豆鉄砲をくらった心境だった。
タクシーが家の前に止まり、中から典型的に幸せそうなファミリーが降りてきた。
カメラ付きインターホンから夫の愛人一家を初めて目にした茜は、

ミントティー

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