ミントティー
(1)
茜の夫、浩一郎は真面目を絵に描いた様な銀行員だ。本店勤務から郊外の支店長の辞令が下りた時、それは落ち込んでいた。
金融業界の度重なる合併再編により、表向きは対等合併といわれても、実態は規模の小さかった方の行員が辛酸を舐めることになる。傍から見ていてもそれは大変そうであった。
そんな事が続いたせいもあって、本店から郊外の支店勤務になることは精神的には返っていいように思えたのは、やはり女の考えなのだろう。
その夫が暫くするとまるで別人の様に生き生きとして来たことは、喜ばしい変化であり、ほっとしていた。
転勤はもう一度くらいはあるかもしれないが、数年後に定年を迎える夫にとって、その最後が良いものであって欲しいと、茜は心底思っていた。
結婚生活の長年というのは一体何年くらいを指すのか。
ある一時期から「愛」とか「恋」とかとは別に「情」とか「同志」といった感情が芽生えてくるものだ。
人によるが、まだ「愛」「恋」の時に、浮気ということになれば、それは苦しいものになるだろう。
浩一郎の浮気は今までに2度あった。茜とて、御多分に漏れず初めての浮気はショックであった。親や友人、周りを巻き込み宥められ、泣き喚き、やっとの思いで乗り越えたのだった。そこには子どもの存在が大きかった。その時はそう思っていた。しかし今改めて思い返せば、それは20代の未熟な思いに依る保身のためであった。
2度目の浮気は1度目のこともあり静観していた。静観することができたのは、夫婦としての年月を重ね、浩一郎の趣味嗜好、考え方が内側から分かってきて、義父のように別宅を構えられるタイプではないと思えたからであった。
勿論、時代のせいもあろうが、別宅を持つというのはそれ相応の器がいる。二人か三人の女をお互いの存在を知りながら継続させていく為には、経済的なことはもとより、女性側にもその資質があるかどうかが大きい。むしろ女性側の技量で決まるものなのかもしれない。
結局、浩一郎の2度目の浮気は2年を経ずに終わったようだった。
茜は2度の浮気で、男というものはどうも無意識に夫としての自分と男としての自分を分けているように思えた。
一時のぼせ上がっても結局は家庭に戻ってくる。それは幼い子が、たまたまとても面白い物を見つけて夢中になり過ぎ、日が暮れて帰りが遅くなってしまっただけの些細な出来事の様な気さえした。
家族として存在していれば戻って来るし、男女の恋愛の延長としての夫婦なら、とてもじゃないけど許せないと別れてしまうのだろう。
ミントティー