テーマ:一人暮らし

ミントティー

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

そんな風に考えていたが、今度はばかりは少し勝手が違った。
「子どもが出来たんだ。」
浩一郎が言った。
「えっ!?」
茜は思わず洗濯物を畳んでいた手を止めた。
ここ最近の夫の様子の変化には気付いていた。だが仕事での辛い時期を見てきただけに多少の楽しみ事はいいだろうと思っていた。
驚きはそれだけではなかった。
事の経緯を聞くうちに、夫が話しながらポツリと呟いた。
「一回でできちゃうなんてなぁ・・・」
無責任な発言ではあるが、茜も驚いて
「一回で・・・!」
と思わず繰り返してしまった。
茜は、突如として受けた久しぶりの衝撃に動揺した。だが、同時に一度はピンッと張った紐が少し緩んだような心持になった。

朝になり、昨日の会話が夢か幻のように思われた。
いつものように夫が出勤した後、一通り家事を済ませ、庭のハーブを摘んだ。多めに摘んだミントでお茶を入れる。ミントの心地良い清涼感が体に広がっていく。
昨夜の会話は思い出したくもなかったが、そういう訳にもいかない。一通り考えを巡らせた時、憤りの感情が体中に走った。しかし茜はその暴走を長く留まらせはしなかった。それは半世紀近い人生の中で培ってきた知恵であった。

感情を抜きにすれば、形あるものの所に他所から物が飛び込んできたという、まあ単純なケースではあった。ただ、それとはまったく別の所から、新しい生命に対する祝福の思いが湧き出てきて心をざわつかせるのであった。スッキリとは割り切れないその思いは、女性の妙齢とでも言われる、今の茜の年齢のせいでもあったのだろう。
また、その憤りは、家というものを任されている責任感からのものでもあった。同志として物事を進めているときに裏切られたような心境だ。茜はその心境に苦笑した。
「いったい、私の愛や嫉妬は、どこへいっちゃったのだろう?」

見合いで結婚した茜には、激しい恋愛感情こそなかったが、新婚の頃や子どもたちが小さかった頃は、夫を頼もしいと思っていたし尊敬もしていた。初めての浮気を知った時の激しい鼓動は紛れもなく嫉妬だった筈である。

嫁入りの直後、義母が義父の愛人を容認していることに驚き、到底理解できるものではないと思っていた。しかし、今になってみると義父母とその愛人の関係は穏やかなものであったし、そんな選択もあるのだと思える。同時に、義母も乗り越えたものがあったのであろうと、今更ながら同情の思いが湧いてくる。

茜は、今までは此れでいいと思っていた夫との関係を始めて考えてみなくてはならないと思った。だがそれは、この安定した暮らしに自分から荒探しをするような気分になり、どうにも考えが進まない。

ミントティー

ページ: 1 2 3 4 5

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ