佐和山の城
「ホームセンターに行けば安いテーブルくらいは買えるんじゃないかな」
竹中は、かわいい後輩を非難して苛めるつもりは無いけれど、いくらなんでも衣装ケースを机代わりというのはどうだろうかと暗に伝えたかったのだが。
「新しいテーブルを買ったら、安いのは不要になりますからね。勿体ないですよ」
「両方使ってもいいんじゃないかしら」
「だ、ダメですよ。ここは私の城。佐和山城なんですから、家具に妥協は出来ません。将来、いらなくなるものは一つだって買うつもりは無いんです。」
「それは殊勝なこころがけかもしれないけれど」
竹中はすっかりハルの扱いに困ってしまった。
「じゃあ、先輩だけに特別にお見せしますね」
といって、ハルはスケッチブックを取り出す。
「特別に」とは言ったものの、実はコレを見せたくてたまらなかったのだろう。
「じゃじゃーん」
スケッチブックに描かれていたのは、この部屋の完成図だった。
絵の出来栄えのほうはお世辞にも上手といえない、というか稚拙に見えるレベルだった。だけれど、そこに描かれた未来の部屋の様子が想像できないものでもない。
画用紙数十枚に及ぶ大作は、ありとあらゆる角度からきちんと寸法まで計算されて今はない部屋の姿を描き出していた。
竹中は、スケッチブックを手に取ると、一枚の絵を部屋の一角に合わせるように向けなおした。
「なるほど、この角度かぁ」
竹中は床に張られた赤いテープに気がつく。あれは何と問う
「きっちり寸法は測ってるんですよ」
とハルは答えた。
見回すと部屋のあちらこちらで綿密に採寸がされ、赤いテープでマーキングされているのに気づく。そうして作られた見えざる骨格は、スケッチブックの中の完成図とバッチリかみ合って補完しあっていた。
スケッチブックには木製のテレビ台にのった大型テレビと、その横に並ぶ五段のオープンラックが描かれている。
「テレビ、見ないの?」
「私、海外ドラマとか大好きなんですよ。だから見たくなるたびに100円を貯金します」
ハルは少し辛そうに返事をする。そして、手に取ったペットボトルで作った貯金箱をかざす。小学生の夏休みに作らされた工作を思い出させるような格好で、1.5リットルのペットボトルはラベルを綺麗に剥がされ、キャップには100円玉を無理なく投入できるだけの切込みがつけられている。白い広告紙で作られた帯には油性ペンで『テレビ』と書かれていた。
竹中はようやくハルがやりたいことの全貌を理解してふむふむと頷いた。
佐和山の城