佐和山の城
と嬉しそうに語る。
一見、合理性を無視したように見える窓の配置に興味を惹かれつつ階段を登りきると、いよいよ竹中はハルの部屋のドア前までたどり着いたのだった。
「どうぞお入りください」
招かれるまま部屋に足を踏み入れた竹中は、驚くべき光景を目にした。
玄関には靴箱などは無く、ローファー、スニーカー、ハイヒールと用途別に用意されたわずかな数の靴が裸のまま並べられている。
玄関を上がると、そのままひとつの大きな部屋になっていた。12帖のワンルーム。
安っぽい間仕切りがキッチンやベッドを視界から遠ざけている。
コーヒーを入れるのでそこに掛けてくださいと言われても、「そこ」には何も無い。
部屋の内覧にでも連れてこられたかのように部屋はガランとしてそこには家具がほとんど無く、「無いもの」は無数にあった。
冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、ダイニングテーブルに椅子。本棚、鏡台、クローゼット。etc、etc…。そういったあるべきものが見当たらない。
すっかり虚を突かれた竹中は「どうなっているの?」と混乱の中に突き落とされてしまったのだけれど、ハルは平然としている。
プラスチックの衣装箱をテーブルに、色も形も大きさも不揃いなコーヒーカップを並べる。
「すいません。どうしても欲しいティーテーブルがあるので、それまでの代用です。あ、あとコーヒーカップも、そのうちに『本命』を購入するので今日のところはご勘弁」
「そ、そう……」
竹中は頷くことで精一杯だ。
竹中はハルが気を回して状況を説明してくれるのを待っていたが、ハルはというと砂糖はいりますか?ミルクはいりますか?勿論先輩がブラック派だということは知っていますけどお酒のあとは甘いのがいいって方も時々いますでしょ、と先輩をもてなすことに必死でそこまで気が回っていない。
竹中は呼吸を整えると、意を決してハルに問いかける
「随分とすっきりとしたお部屋ね」
「まだ、引っ越して半年くらいですからね。まだまだ家具がそろわなくて」
「お給料はもう使ってしまったの?」
「はい。優先順位は悩みましたけど、まず最初はやっぱり寝床が大事だなと思ってベッドから買うことにしたんです。ガス圧跳ね上げ式リフトアップベッドです。マットレスの下が丸々収納スペースになっている優れものですよ。あとは洋服とか揃えてたらあんまり残らないですね」
先ほどのロフト自慢といい、リフトアップベッドの収納スペースといい、物が無い部屋に住む割に収納力にこだわるハルが不気味に思えた。
佐和山の城