佐和山の城
「うるさい。これは先輩命令だ。佐和山の一人暮らしが実りあるものになるよう、先輩が一肌脱いであげようというのではないか」
当初は困惑していたハルだが、やがて覚悟を決めるととたんに乗り気になった。
「まだまだ時期尚早かとは思いますが、私のお城を見てもらいましょうか。20××年夏ヴァージョンを。ただし、何を見ても驚かないでくださいね」
ひとたび自宅に人を招くと決めると、ハルもすっかり上機嫌になってしまい、帰路の間、陽気に鼻歌を歌いだす始末だ。
「人が入れる状態じゃないと言った割には、余裕の雰囲気だね」
「あい、居心地に関しては全く保障できませんけど」
新宿駅から中央線を下ること9駅、二人が降りたのは吉祥寺駅だった。
吉祥寺の界隈は都心から適度に距離が離れていて、それでいてアクセスがよく、最新のものとレトロな雰囲気が共存するおしゃれな街で若者に根強い人気がある。20代に人気のある街ランキングの常連である。
「佐和山のこだわりは家具だけでなく立地にもあったか」
竹中はつぶやく。
公称駅から徒歩14分。ハルは徒歩8分半だと言い張るが、それは彼女がよほどの健脚なのだろう。
駅からの距離は若干遠いけれど致命的ではない。
竹中の眼前に現れたのは洒落た外見のデザイナーズマンションだった。
欧州の古い町並みを想起させる石造りに似せた外観と不規則な形の窓や予想を裏切る曲線などを用いた現代的なデザインが一体となった挑戦的なデザイン。
口では『昔は少しだけ』なんて言っているものの未だにデザイナーの夢をくすぶらせている竹中の目から見ても優に合格点を与えられるものだった。
ハルもただ周りの意見に流されているのではなく、自分なりの審美眼を発揮して部屋や家具を調えていることは分かった。
「あら、素敵なマンションじゃないの。でも、大丈夫なの?その分だけ家賃も高そうに見えるけど」
「私、色々と拘ってますから。なんといっても一国一城の主ですから」
とハルの威勢のいい返事。
竹中が家賃の詳細を追及すると共益費込みで月97000円。一人暮らしにはやや高いけれどデザインに拘るなら悪くないんじゃないかとも思えてくる。
大江戸808不動産株式会社は月2万7000円といまどきの会社には珍しく手厚い家賃手当てが出るので、そのおかげですとハル。
エレベータなしの五階建てその最上階という条件も健脚ハルはお構いなしのようで
「最上階はロフト付なんです。3帖。収納力が違うんですよ」
佐和山の城