テーマ:お隣さん

壁のむこうの色

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「忙しいときにごめんね。高校生で偉いね。うちにも9歳と4歳の子供がいるの。仲良くしてね」
 テキトーに会釈をして逃げるように部屋に戻った。苦手だ。隣に越してきたのは、苦手な人だった。嫌な予感がする。

 それから数日たってすぐ、嫌な予感は的中した。優也とさくらはまんまと隣の子供と仲良くなってしまったのだ。学校から帰るといつも隣のだいちくんとあの公園で遊んでいた。ひどいときには部屋にあがりこんでお菓子までごちそうになっていた。9歳のみさちゃんはものすごく優しいお姉ちゃんなのだと優也が興奮気味に話していた。
 数週間もすると、夕飯までごちそうになるという関係になってしまった。ここまでくると頭を下げて感謝しなければいけなくなる。それは、なぜだか苦痛だった。二人を迎えにいくたびに隣の家を覗くが、同じ間取りとは思えない、明るくてカラフルな家で、見るのも嫌だったし、お隣さんは悔しいくらいにいい人だった。いい家族だった。それも嫌だった。
「柊也君もご飯食べていかない?」
 笑顔でそんなことも言ってしまうお隣さん。どうやら父親は仕事が忙しくて帰りが遅いから、さくらと優也が一緒にいてくれると子供達もすごく楽しくて喜ぶ、らしい。
「優也。いい加減にしろよ。昼間一緒に遊ぶのはいいけど、夕飯まで食べたり家にあがったりすんなよ」
 その日も二人が隣の家にあがり込んでいたので半ば無理やりに引き取りにいっていた。ありがとうございました。と言うものの、そこに「もうそこまでしないでください」という気持ちがある。それになんで気づかないんだとお隣さんにもイラついていた。
「だって、ご飯おいしいしおもちゃいっぱいあるし、それにみんなすごく優しくて、たのしいんだよ」
「だけどお前んちじゃないだろう。お前んちは、こっちなんだよ」
「やだよ、こんな家」
「そんなこと言ってもしょうがねえんだよ。こっちがお前の家で、隣は違うんだからそんなにしょっちゅう行くな」
「なんでだよ! こんな家やだ!」
 優也は部屋にあった自分のミニカーを壁になげつけた。カチンときた俺は優也の腕を掴み上げた。
「なにやってんだよ!」
 でかい声で怒鳴ると、さくらが部屋の隅に逃げていった。親父が汚したのか、ローテーブルの周りはコップが落ちて濡れている。食べ散らかした弁当と、ぐちゃぐちゃの紙くず。暗くて茶色い色。優也が泣き出して、さくらは小さい体をまた縮ませた。
 俺だって。俺だって嫌だ。こんな家。

壁のむこうの色

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ