テーマ:ご当地物語 / 長野県長野市

花が咲く街

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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『親元を離れて初めて知る親のありがたみ・・・』とはよく聞くが、まさか親のありがたみをこんな形で知ることになるとは、咲子はちょっとばかりショックだった。そしてあんなにもきらいだった故郷はあたたかいだろうか。私を受け入れてくれるだろうか。と考えはじめた。とにかく何かに包まれたくなった。結局のところ帰る場所はあの街しかなかった。さみしさに押しつぶされそうだったぶん、決断は早かった。
12年目にして咲子はこの街にもどった。あれほどきらいだったこの街はおもいのほかあたたかく迎えてくれた。電鉄の音や、すぐそばまで迫っている山々、やけに広く見える青空までが新鮮であたたかく思えた。わだかまりは、まだたくさんあったが、都合のいいように不思議と母のことも少しは許せるようになっていた。肩の力を抜いてすごすことができるようになると、気負わずにさらけ出せる仲間がたくさんできた。仲間は咲子に自信をつけてくれた。自分の居場所ができるとみんなの使う方言も大好きになり、あえて使うようになった。街や人がどんどん好きになっていった。
日々いろんなあたたかさが、咲子の心の中の氷を少しずつ解かしていくようだった。咲子が捨てた街は咲子を救い、わずかづつだが成長までさせてくれた。

首が痛くなった。何分眺めていたのだろう。意識が戻り、我に返った。ざわざわと桜の木が風を受けて揺れた。咲子は大きく息を吸いこんだ。桜のパワーが全身に満たされたような気がした。咲子は金縛りから解けたように歩き出した。集会場から西にさらに100メートルほど進むと、民家の脇にもう一本、大好きな桜の木がある。この桜もみごとに満開だ。
「咲ちゃん、今帰り?寄っていきなさいよ。海斗ちゃんももうじき帰ってくるでしょ。」
いきなり声が上から降ってきた。見上げると桜の脇の2階のベランダに、桜の花よりもかわいらしく、ふくふくとした白い顔が笑っていた。桜の精のようだと咲子は思った。
この家の住人、藤子さんは咲子の叔母である。咲子のことは生まれたときからよく知っている。
昔から変わらない。話好きで元気がよく、全体的にふくふくしている。まわりの大人にはないあったかさがある。咲子の親世代より10歳以上若く、旦那さんの転勤で全国をてんてんとしていたせいか、発想が自由でいつもなにか新しいものを求めて動いている。そしてなによりも咲子を甘えさせてくれる唯一の存在である。昔からこのおばさまだけは大好きだった。

花が咲く街

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