テーマ:一人暮らし

ひとつ星にてらされて

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 八畳一間の部屋は男の一人暮らしとは思えないほどよく整頓がされていて、すべてがあるべきところにきちんと収められていた。さすが仕事ができる男は違うなとえらく感心しながら、みきは足の踏み場もないほど散らかり放題のひどい自分の部屋をちらりと思い浮かべて、女であることを恥じた。
 目の前には、狭いながらも上京する前に憧れていた通りの住まいが広がっていた。最小限の家電に、インテリアを兼ね備えた木の本棚には趣味の品々。白い壁には美しい海辺の写真が何枚も飾られている。
「ああ。それはタイのカオラックに行ったときに撮ったものですよ。結構気に入っていて、また行きたいなって思っているんです」
「へえ、すてきね」
「ところで、これなんですけど、いかがでしょう」
 みきが透き通った異国の青い海に見入っているうちに、気がつくといつの間にやら、丸いローテーブルには白のノートパソコンが一台置かれていた。学生時代に五年ほど使っていたらしいのだが、汚れや傷などはどこにも見当たらず、新品同様にとてもきれいな状態だった。いくら新しいパソコンに買い替えて不要になったとはいえ、売ればそれなりのお金になるはずだろう。
「Windowsも入っているし、あとはインターネットに接続さえすれば、すぐ使えますよ」
「ありがとう。でも、こんな高価なもの、ほんとうにもらっちゃっていいのかしら」
「もちろんです。処分するのもいろいろ面倒だし、森田さんに使ってもらえたら、俺もうれしいです」
「それじゃあ、お言葉に甘えていただいちゃおうかしら。やっぱり一人暮らしの家にはノートパソコンのほうが便利よね。場所選ばないし、持ち運びできるし」
「よしっ。そうと決まったら、お運びしますよ。ついでにネット接続もしたほうがいいですよね」
「い、いや、だいじょうぶ」
 反射的に口をついて出てしまった言葉を喉の奥に押し返すこともできず、「ああ、やってしまった」とみきはひどく後悔した。今部屋の中にあるかれこれ十年物のデスクトップも兄が東京に遊びに来たついでに設置してもらったものだし、インターネットだってあれやこれやと調べたあげく結局自分一人ではつなげられずに業者に助けを求めたのである。
「もしかして、ペットとか買っているんですか」
「いいえ。違うわよ」
「じゃあ、彼氏ですか?」
「まさか」
 ぐっと覗き込んでくる男の強い眼差しから目を逸らして、みきはことさら大きくかぶりを振った。
「そっか。それならよかった」

ひとつ星にてらされて

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