テーマ:一人暮らし

ひとつ星にてらされて

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「俺もいっしょです」
「あっ、そうなの?」
 てっきり駅前ロータリーからにぎやかな商店街へと続く東方面だとばかり思っていたのだが、予想をくつがえす返答に、胸の鼓動は再びドクン、ドクンと大きく跳ね上がった。
 でも、家までは歩いて十五分ほどかかるのだ。きっとすぐにさよならをするはめになるだろう。
そう気を引き締め直して、爽やかなおやすみなさいの一言を唇に残したまま、みきは細い路地の中へと一歩足を踏み出した。
いつもはたっぷりと哀愁を漂わせてひとりぼっちで歩くひっそりと静かな夜道も、今夜ばかりは不思議と香り豊かに華やいで、等間隔にぽつりぽつりと並んだ街灯も二人の横顔を明るく照らし出してくれているようだった。角を右に曲がり、左に曲がり、だいぶ酔いも冷めてきたころ、すっかり住み慣れた五階建てのアイボリーホワイトのマンションが視界の片隅にすっと入り込んできた。
 彼の家は、さらに先なのだろうか。
奥の一軒家が立ち並ぶ住宅街にちらりと視線を走らせたそのとき、わずかばかりの間を開けて歩幅を合わせるように歩いていたとなりの男が、みきがそうするよりも早くそろりと立ち止まった。
「俺、ここの五階です」
「へ?ほんとうに?」
それぞれの小窓から明かりがもれる目の前の建物を仰いだ瞬間、胸に抱いた淡い期待は、なんと見事に的中したのだった。みきはつんと棒のように突っ立ったまま、もう微動だにできなくなってしまった。
 男と並んで見上げた夜空には、星がきらりとひとつ力強く輝いている。手をぐんと高く伸ばしたところで、決して届きそうもないまばゆいあかりに照らされて、これまで同じ屋根の下で暮らしていたなんて・・・。
 数字という数字をもろとも夜空に投げ飛ばして、くらくらした頭を抱えながら視線を水平に戻したみきは、人差し指をまっすぐ突き上げた。
「奇遇ね。わたしもここよ。二階なの」
「知っていますよ」
「え?なんで?」
「だって、森田さんがすすめてくれたから、この町に住むことに決めたんですから」
 訳が分からないとばかりに目を大きく見開いて疑問を投げかけるみきに、あさひはふっと乾いた笑みをもらした。
「入社前の研修のときです。住むなら近くのほうがやっぱり便利か先輩に訊ねたら、会社近辺は家賃がすごく高いし、同僚にいつ会うかもしれないから、わたしは少し離れた足立区に住んでいるんだって、おっしゃったんですよ。覚えていませんか」
「ああ。もしかして、愛媛出身の剣道五段くん?」

ひとつ星にてらされて

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