テーマ:一人暮らし

ひとつ星にてらされて

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 みきが突然はっと思い出したかのように声を弾ませれば、あさひは苦笑いを浮かべながらこくりとひとつ頷いた。
「でも、別にストーカーなんかじゃ、決してないですからね。東京は物騒なところっていうイメージがどうしても強くて、右も左もさっぱりわからなかったから、とりあえずしっかりしていそうな会社の先輩のアドバイスに従ったまでで、まさか同じマンションに住んでいるとは、ついこの前までまったく知らなかったんですから」
「ってことは、一応気づいていたってことよね?」
 じろりと鋭い女の眼差しを受けて、あさひは少しばかりたじろぎながらも淡々と話し続けた。
「いや。その、ついこの前ゴミ捨てしようとしたときに、森田さんにそっくりな人を偶然ちらっと見かけたんです。声をかけようかとも思ったんですけど、あんまり話したことがなかったから、変に気まずくなるのも困るかなあって。まあ、いやだったら、いつでも引っ越しますから、遠慮なくおっしゃってください」
「べ、べつに、わたしは構わないわよ。もとをただせば、わたしがこの町に誘い込んだようなものなんだから、ねえ」
 自分に言い聞かせるように呟きながら、なんとか心を落ち着かせようとするみきをちらりと見やって、あさひは畳みかけるようにひときわ大きなくす玉をぽんっと割った。
「そうだ。せっかくだから、さっき話していたノートパソコン、一度見てみますか」
「あっ、うん」
 返事を聞くなり女の気が変わらないうちにとばかりにすかさず前へと躍り出たあさひを追うように、みきもゆったりと後ろに続いた。ここ数時間のうちに男との共通点が明らかになりすぎて、まるでテレビドラマの一シーンを演じているような錯覚に陥りながら、ぴんと背筋が伸びた凛々しい男の後ろ姿に続いてエレベーターに乗り込むと、みきはぐしゃぐしゃにこんがらがった毛糸をほどくように、今しがた男と交わした会話をひとつひとつゆっくりと頭の中で反芻してみた。
「そんなところじゃ、寒いし、中に入ってくださいよ」
「いや、でも・・・」
なにせ、一人暮らしの男の部屋を覗くのは、生まれて初めてのことだった。これまでつき合ってきた男はみな実家暮らしか、もしくは妻子持ちであったため、外でしか会うことがなかったのだ。
「もう夜だし、さあ早くどうぞ」
大きく開け放した玄関の扉に熱い背中を押し当てたままどうしたものかとどきまぎするばかりの年上女を招き入れようと、男がじれったそうにぐいっとドアノブに手を伸ばそうとしてきたものだから、みきはようやく中へと入り込んだ。ガチャンと扉が閉まる音を合図にして、まるまると膨れ上がった心の風船は、粉々に破裂してしまった。

ひとつ星にてらされて

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