テーマ:ご当地物語 / 山梨県

なつにとける

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そろそろ帰るかな、と甲府駅の方へ向かい南口で信玄公の像を見たところで気が変わった、どうせなら武田神社に行ってから帰ろう。そう思った。
 甲府駅の南口にある武田信玄公の像はもうだいぶ見慣れたものだ。何故城でも神社でもないところに像を作ったのかは知らないけれど、観光客対策とかそんな感じだろうと思う。今年の信玄公祭は帰省できずに見ることができなかったので、神社にでも行くかな、と思った次第である。信玄公祭というのは毎年春に行われているお祭りで、甲冑部隊が武田神社を出発して街を歩いたり、舞鶴城公園付近で屋台が沢山出たりする。県内だと多分大きい方に分類されるお間売りで、毎年何気に楽しみなのだが、まあ行けなかった過去を嘆いてもしょうがないよな。神社に行くのも、最近親と集め始めた御朱印も地元でいつでも貰えに行けるから、とまだ武田神社の御朱印は貰っていなかったし丁度いいかもしれない。中身が微妙に残っているラムネを片手に、武田神社へ向かって歩き出した。

 武田神社は甲府駅から北へと延びる武田通りという大通りを登っていくとある。途中に図書館やら大学やらある。一応山梨県の中心は甲府市で、ここはそのメイン通りだけど、あまり賑わっていない。お店何てコンビニくらいしかないし、本当不便。良い所は自然くらいしかないけど、でもそれって結構大きくて。お水が美味しいのが一番だと思う。東京の水道水と山梨の水道水はかなり違う。東京の水はくっそまずい。山梨は水道から飲料水が出てくるのかと驚いていた友達は、確か大阪出身の子だったかな。
 武田通りの途中で、汗をぬぐうために日陰に入り、麦わら帽子を取った時に空が見えた。青いアクリル絵の具を溢したような冴えわたる青空に、これまた白いアクリル絵の具で塗られたような入道雲が浮かんでいた。その絵画のような青空を背景にそびえ立つ、富士の山は今日も美しい。富士の高嶺に雪は降りつつ、が脳裏によぎった。夏だけど。
 汗でべたつく肌を汗ふきシートで拭きながら、海に行きたいと思った。山梨は四方八方山に囲まれているので、当たり前だが海が無い。余り泳ぎが得意方ではないが、それでも夏と言えば海を想像するので海が無いのは少々物足りないように思う。海が青色なのは空に恋しているからなのか、空が青色なのは海に恋しているからなのか、どっちだったけ。
 海が無いというのはレジャー目的以外にも不便なことがあり、近年の例を挙げると大雪の日に山梨は陸の孤島と化した。これが比喩ではなく本格的な陸の孤島で、コンビニにもスーパーにも何もなくてびっくりしたことを覚えている。物資が途絶えていて、とても首都圏だとは思えない光景だった。いや、普段から十分田舎っぽさしかないけれど。他にも古い例を挙げると、信玄公が塩で困っていたこと辺りだろうか。敵に塩を送る、という諺の語源となっている信玄公と謙信公だが、あれは美談ではなく実際は謙信公が自分の領地の商人に商売を規制しなかったから信玄公は塩を入手できただけの話らしい。それでも十分浪漫で満ちているけれどね、歴史っていうやつは表と裏があるものだ。

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