夕餉
「これはなんだい。不思議な食べ物だね」
「それは、冬瓜よ」
彼女がおかしそうに笑う。
「今日は、冬至だもの」
「冬至だって?夏至の間違いじゃないの?」
驚いて彼女を見ると、彼女は少しだけ困ったような顔をして見せた。
「冬至よ。今日はね、一年で一番、夜の長い日」
「いや、そんなはずはないよ。だって、今日ここに来る途中で、たくさんの蝉の声を聞いたよ」
今でも耳に残る、真夏の象徴とでも言うべき、じーわじーわと鳴く蝉の声。
袖のない、夏そのものの真っ白なワンピースを着た彼女は、それでもそっと首を振る。
「忘れものは、見つかった?」
穏やかな微笑みが、今日はなんだか悲しそうに見える。
僕は、今日は何を忘れただろうか、と必死で考える。
いつもはすぐに思い出すのに。
なぜか、今日は浮かばない。
「夜は長いから」
そう穏やかに微笑む彼女の声に、僕は余計に焦って、慌てて冬至の味噌汁を口にする。
それでもどうしても思い出せない。気がつくと、僕は目を閉じて冬の景色を思い起こそうとしていた。
空からゆっくりゆっくり落ちてきて、少しずつ降り積もる雪。
しんと静まりかえる、グレーに近い空の色。
外気は身を切るように冷たくて、僕はコートの襟をかきあわせるのだ。
それでも、手袋をせずにいるのは、左手に感じる温かさを肌身で感じていたいからだった――。
そんなものを思い出しているうちに、僕は無意識に胸ポケットに手を入れていた。
こつり、と小さな固い箱が指先にあたる。
ゆっくりと子守唄のように穏やかな音色で流れる、星に願いを。
合わせて口ずさまれる、か細いけれど愛しい鼻歌。
この曲が、本当に好き、と僕を見上げる可愛らしい笑顔。
小さな頃に習っていたピアノの発表会で、一生懸命練習してやっと弾けるようになった、嬉しい曲だから、と屈託のない笑顔で笑っていたっけ。
「そうだ、思い出したよ!」
少しだけ、興奮して大きな声を出してしまった。
そんな僕の様子に、彼女は柔らかく頷く。
「これを。これを僕の妻に渡してくれないか?」
僕は、胸ポケットから小さな箱を出すと、彼女の手に握らせた。
「オルゴールなんだ。中には、安物だけど、とっても可愛い指輪が入ってる。妻に、よく似合うに違いないんだよ」
彼女は、ええ、と微笑んだ。
「忘れものは、見つかった?」
穏やかな瞳を見つめて、僕は得意そうに答えるのだ。
「見つかったよ。……ありがとう」
夕餉