ぱらみつぱらみつ
どっちの世界がゆめなのかって考え出したら、きりのないらせんのなかに紛れ込んだような気分になる。
柿沼とおちればよかったかもしれないと、ふと思いだけがタクシーのマイナスイオンに包まれた車内を過る。
現実が、って思えばおもうほど、現実の輪郭は定かではないし。煙にまかれたまま、あの日の〈風待トンネル〉が浮かんで消えた。
オフィスに戻ろうとしたら、雨脚がつよくなってきたので、雨宿りも兼ねてなつかしいい匂いのする上野の喫茶店に月島さんといっしょに入る。
おもむろに降り出した雨が加速度的に雨粒をはげしく太らせながら、地面へと落下してゆく。
案内された席が、おおきなガラス窓から外の風景が見える場所だったので、樹々の葉から伝わりながら、しずくが、おちてゆくさまがよく見えた。
「思い出になるね」と、雨をみながら隣にいる同僚の月島さんが言ったらしい。店内の賑やかな喋り声と容赦のない笑い声に消されてすこし、月島さんの声がかき消された。
一瞬、なにもかよわないような間があって、そのとき栞は、返事をしなかった。
月島さんは、ほんとうに、どこかこころの底からそう思っているような眼差しで窓の外を見ている。
そして、目立ち始めたお腹のあたりを擦りながら、すこしだけ涙ぐんでいた。
「ごめんね、栞さん。こんなお腹になってからなんとなく、ぜんぶが思い出になるって感覚ばっかりつよくなっちゃって」
なんで? 謝らないでって言った栞の言葉を聞いていなかったみたいに月島さんがまっすぐ窓の外をみながら話し始める。
「こども時代って、栞さんなにがいちばん幸せだった? 答えなくていいよ。わたし、怖いんだよね。かなりいじわるな母親に育ったから。そういう経験もってると、母親になるとそういうこと繰り返すって聞いて。ほんとうは、引き返したくなるぐらい。お腹が膨らむ前に戻りたいって。旦那にそのこと打ち明けようかなって思うと、この子がね、蹴るんだよね。まだ生まれてもいないのに想念は届いているのかもしれないって思うと、それでも強くならなきゃって守りたい気持ちにもなるから、ほんとうに振り回されてるのこの子に」
月島さんは優しくお腹を擦るようにして、食事が運ばれてくるまで、ずっと話し続けていた。栞がそばにいることなど、どうでもよくて、きっと渦巻いていることばを吐き出したくてたまらなかったんだろう。そういえば、この席に着いてから栞は彼女と視線を交わしたことはなかった。ひとしきり、声が辺りに放たれては、窓ガラスに突きあたってその声は所在なげにほうりだされたまま消えていった。
ぱらみつぱらみつ