テーマ:一人暮らし

想い綴る日々

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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自宅に戻った後の夕食の最中、不意にでた私の言葉を母はポカンとした顔で受け止めた。
 「どうしたのよ、急に?……んー、入れ替わりも激しくて沢山いたからね。ほら、学生さん達だから卒業と同時に出ていく人も多かったのよ。そう言われてみればあまり憶えてないわね」
 「ふーん」
 「母さんは世話好きな人だったから、よく入居している人に差し入れをしてあげてたんだけど、私がそれ持って行ったりしていたのよ。それでみんな私のことをなっちゃんなんて呼んだりして可愛いがってもらってたんだけどねぇ」
そう言えばあの日記になっちゃんという子が出てきていた。奈津子だからなっちゃん、そうか、当然といえば当然だが、あれは母のことだったんだ。
 「あー、でも山本さんなんかは今でも母さんに年賀状送ってくれていたし、私もはっきり憶えてるわ」
山本先輩!?私は驚いたけれどそれを母には悟られないように冷静な素振りで話を聞いた。
「その人は二年も留年していてね、その当時の学生さんたちのボスみたいな人だったのよ」
母は懐かしむように笑いながら話してくれた。そっか、山本先輩って留年してたんだ……。どうやら山本先輩は留年したうえに、しばらくアパートから出ることなく住んでいたらしい。しかし、母の話の中にあの日記の主である彼らしき人は現れなかった。
「そうねー、お葬式の日取りも決まったし、山本さんにも連絡しなきゃね……。でも本当急にどうしたの、そんなこと聞いて。母さんの物の中に何かあった?」
「いやー、別に……」
母の質問に歯切れ悪く返事をする。後ろめたさもあって、日記のことは結局話せなかった。
「あ、何でもいいけど、あんたは留年なんかしたら怒るからね。お父さんだってそんなだらしないことしたら怒ってすぐに実家まで連れ戻されちゃうわよ」
「わ、わかってるよ。ごちそうさま!」
凄む母に気圧された私は、リビングを飛び出ると部屋までの階段を駆け上がった。部屋に入り、机の上に置いた段ボールの中からノートを取り出す。ベッドの上に体を投げだすと、手に取ったノートを眺めた。軽率に他人の生活を覗き見てしまったことに、今になって後悔をしている。でも正直な気持ち、彼がどうなったのかも気になっていた。最後に読んだページには彼の痛いぐらいの気持ちが書いてあって、そしてそんな彼を励ましたというおばあちゃんの言葉、あの後彼はいったいどんな人生を過ごしたのだろうか。もやもやする気持ちを持て余しながら、頭上に持ち上げたノートをパラパラと開いてみた。

想い綴る日々

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