テーマ:一人暮らし

想い綴る日々

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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私なんて親に甘えっぱなしだというのに、なんて立派なんだろう。彼は母子の二人で過ごしてきたようで、学費も可能な限り自ら用意しているようだ。東京に出たらどこに遊びに行こうとか、お洒落なカフェでバイトしたいとか、そんなことを妄想してニヤニヤしている自分のことを思うと気まずいような、恥ずかしいような、そんな思いで急いでページをめくる。
 相変わらずバイトと勉学に忙しいようだが、それでも順調に彼の日常は過ぎていった。東京の四季の移り変わりを写真に残し、それをお母さんに送るのが習慣になっているようで、その景色をカメラで捉える度、故郷の山々を思い出すと書いてある。どうやらホームシックになっているようだ。そりゃそうだよね、きっと私もホームシックになってしまうかもしれない。誰もいない部屋に「ただいま」って言うけど返事はない、そんな展開、ドラマでも漫画でも何度も見たことある。なんとなく理解も覚悟もできていたつもりでいたけど、実際そうなったら思っているよりも寂しくなってしまうんだろうな。日記はいつの間にか二年生になり二度目の夏を迎えていた。

82/7/30
山本先輩の誘いで湘南の海に行った。山本先輩曰く、自分は堅物すぎて面白みが足りないそうだ。たまには息抜きも必要だと言われ、遊び方を教えてやるとのことで半ば無理やり連れだされることになった。荒っぽくはあるが、自分を気にかけてくれるのが嬉しくもある。先輩の連れである女性二人と一緒に四人で出かけた。片方の女性は明美といい、自分と同級で同じ授業にも出ているというが、顔も名前にも憶えがなくて悪いことをした。
湘南は人が多く、とにかく賑やかだった。暑さとは別の何か熱い雰囲気があり、何だか気圧されてしまった。やはり自分にはあのような場所は向いていないようだ。
82/8/14
余りの暑さに部屋では集中できないため、涼を求め大学に足を運んだがそこで明美さんと会う。あの湘南の日以来だ。彼女から話しかけてきて、しばらく話し込むことになった。流行に疎い俺のことが珍しいようで、彼女は終始笑っていた。今度から授業で見かけたら声をかけると言っていた。とても親切な人だと思う。
帰り道、なっちゃんを連れた春江さんとすれ違う。皿を返すのが遅れていたことを詫びると、また何か持っていくからその時でいいと言ってくれた。ありがたい。


 もしかしたら恋愛についての話が書いてあるかも、なんて思ってはいたが……。鈍感というよりは恋愛に興味がないのだろうか。私だって他人に誇れるほどの恋愛経験があるわけではないけれども、この明美という人が、彼に好意を持っていることぐらいは予想がつく。もしかしたら事情を知った山本という先輩も、明美さんと彼をくっつけようと遊びに連れ出したのだろうか。彼の容姿に関しての情報はここまでなかったけれど、案外女性にもてる位かっこいいのかも。私はこの日記の主である彼を想像してみた。生真面目で、……生真面目すぎるといってもいいかもしれない。しっかりと勉強しながらも、バイトに精を出して、お母さんを大切にしようとする美青年。おお、なんだか結構いい感じじゃないか。私とは全然違うタイプだけど彼が一人での生活を頑張っているのを一つひとつ追っていく度に、なんだか勇気づけられる気がする。不思議なことだと思った。おばあちゃんの遺品から偶然見つけた見知らぬ人の日記を読んで、それを勝手に私への励ましにしているのだから。それにしても、なぜこの日記をおばあちゃんは大切そうにしまっておいたのだろう。忘れていったものだとしても、また彼のもとに送ってやることもできたはずだ。そんなことを考えながら読み進めていくと、あるページの衝撃的な内容に私の手は止まった。

想い綴る日々

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