想い綴る日々
日記帳と思しきそのノートには、決して毎日というわけではないが、日々の何気ない出来事や感想が綴ってあった。文章から見て恐らく男性であろうこのノートの主は、私と同じく春から大学生として新生活のスタートを切ったようだ。きっとおばあちゃんのアパートで暮らしていた学生のものなのだろう。そういえば母から前に聞いた事がある、このあたりには昔大学のキャンパスがあり、学生も多くそれなりに賑わっていた。私が生まれてからちょっとしてキャンパスは移転してしまい、それからはすっかり静かになってしまったと。きっとこの日記代わりのノートは“彼”が卒業し、おばあちゃんのアパートを離れる際に忘れていったものなのかもしれない。
「何十年も前だし、もう時効だよね……」
誰に聞こえるわけでもない言い訳を呟くと、少しだけ後ろめたさが無くなった気がした。
81/5/12
大家の春江さんから煮物を頂いた。実は103号室の山本先輩から、春江さんは料理が得意で、たまに差し入れをくれるという話を聞いていたので楽しみにしていたのだ。春江さんが器を持ち尋ねてきた時、正直小躍りしようかというくらい嬉しかった。煮物は期待以上に美味で、大学とアルバイトで疲れてきた体に染みた。お袋の煮物の味を思い出す。
「そうなんだよね、おばあちゃんの煮物美味しいんだよなぁ……」
ポツリポツリと飛びとびで、内容も一言だったりする日記の中におばあちゃんが登場してきた。春江は私のおばあちゃんだ。おばあちゃんの煮物は私も大好きで、少し誇らしい気持ちにもなったけどすぐにあの味が恋しくなって泣きそうになる。気を取り直してパラパラとページをめくっていくが、彼はあまりマメな性格ではないのか、日記の頻度は決して高いとは言えず、文章もどこかぶっきら棒な感じがする。男の人だしこんなものなのかと思うけど、私のガサツな所も似たようなものかもしれない。そもそも私だって日記をつけ始めても三日坊主どころか、それ以下なんてこともあったし。そういえば中学校の時おばあちゃんが買ってくれた日記帳どこへやっただろうか。
81/8/20
四日間の帰省を終え部屋に戻る。夏休みでもあることだしもう少し居ても良かったかと思うが、アルバイトの事を考えるとそうもいってはいられない。お袋は変わらない様子で、自分の帰省を喜び土産話をよく聞いてくれた。自分も色々と生活は苦しいが、早く仕送りをしてやりたいものだ。お袋のもたせてくれた野菜はありがたく頂戴しようと思うが、いかんせん量が多い。春江さんに日頃の感謝もこめてお裾わけでもしよう。喜んでくれるだろうか。
想い綴る日々