想い綴る日々
「はい、これで開きました」
作業の手を止めた鍵屋は母に金庫を開けるように促す。母は緊張した面持ちで金庫に手をかけた。
「結局ガラクタばかりだったわねぇ」
現金なこと言う母だが、私も少しだけ期待していた分あまり人のことも言えない。
「おばあちゃんの宝物とかだったりするのかな?」
「さぁね、登記簿とかはしまってあったけど……」
母は金庫から出したものをとりあえず詰めた段ボールを覗くと、その中にあった風鈴をつまみ上げた。
「あー、懐かしいわね、これ。私が昔プレゼントした風鈴だわ。母さん、こんなものちゃんと残しておいたのね」
サバサバした性格の母だが、懐かし気に風鈴を眺めるその表情には寂しさが浮かんでいた。おばあちゃんが亡くなってから淡々とその後の準備をこなしてきた母だったが、不意に悲しさを滲ませることがある。母の性格上そういう部分をあまり見せたくないのだろう。でも、幼いころに父親を亡くし女手一つで育て上げてくれた母親を失って辛くないわけがない。
「この中の物、あんた片づけてくれない?ほら、私が片してるといろいろ思い出しちゃうから……」
そう言った母の言葉尻は、少しだけ湿っていた。
「わかった、やっておくよ」
「悪いわね、あんたも引っ越しの準備があるだろうし、適当でいいからさ」
母はそう言ったが、先ほどの母の表情を見るとこの中から処分するものなんてとてもじゃないが私には選べない。何があるのかを把握しておいて、母が落ち着いてからどうするか二人で決めよう、その時に思い出を供養してあげたらおばあちゃんも喜ぶだろう。
「それじゃ、頼んだわよ。そろそろ葬儀屋さん来るから、家に居なきゃ」
「……おばあちゃんの宝物、いっぱいしまってあったじゃん」
「え、なに、なんか言った?」
玄関の方まで行っていた母が聞き返してきた。
「なんでもなーい」
少しだけ声を張り上げて、そう母に返す。私は段ボール箱に向き合うと、気が引き締まる思いがした。
第一志望である東京の大学に合格できた私は、春から一人暮らしをすることが決まっている。実際のところ、無理をすれば実家からでも通えなくもない距離だけれど、「東京での一人暮らし」という得も言われぬ甘美な響きに私は、人並みの憧れとそれなりの夢を抱いていたのだった。しかし箱入り娘だった私が上京するのに、父は最後まで難色を示していた。父を口説き落とすのにはなかなか根気が要ったが、そんな時いつもおばあちゃんは私の味方になってくれて、よく相談に乗ってくれていた。忘れもしない、進路を決めなければいけなかった時期、私は入院していたおばあちゃんにまだ両親にも話していなかった一人暮らしへの憧れを語っていた。静かに頷きながら聞いてくれたおばあちゃんは、こんなことを言ってくれたのだった。
想い綴る日々