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人間のしわざ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「他にもっと日当たりがよくて、木材の家具を基調とした温かみのある部屋なんかで、話ができるのが理想なのだけど」私がそう言うと、宮本秀夫も同意する。「そのほうがリラックスできるかもしれない。ですが、あなたは死んでいることになっているわけで」彼は言うと肩をすくませた。
 表向き、私は交通事故で亡くなっている。不必要な外出はまずい。「ですね。『おまえはもう死んでいる』ってことですから」
「何です、それ」「昔あった漫画の有名な台詞でけど」「分からない」「嘘でしょ」「嘘じゃありません」
 宮本秀夫はしれっと話をつづける。「それに撮影装置が備わっていますから、この部屋は。録画するのに便利です」そして後ろの壁に見やる。「言い忘れましたが、すでに録画は開始してますから」
「え?」私は、彼の手際の良さに、感心と不愉快さの両方が表出する。「言ってくれれば」
「リアリティーのためですよ。ある映画監督がこんな話をしていたんですよ。オーディションで自分の映画の俳優を選ぶ時に、その監督は、オーディションのために覚えてきてもらった演技や台詞などは見ないんだそうです。『実は何もしていない時が重要で、そこに本当のその人らしさが出る。僕らは、それを見ている』と」宮本秀夫の口調は、無駄に力強い。
 単に録画をお願いしただけなのだが、彼の乗り気に、私は軽くけお気圧される。「宮本さんって、以前の職業が映画関係か何かでしたっけ?」
「いいえ、警察官僚、一筋ですが」
「どうも」
 お願いと言えば、と私はテーブルの上の大福を指差す。「用意してくれたんですね」ここの大福は一品だった。
「あなたはVIPですからね」彼は、王様を前にした家臣然とした態度を取る。「というか、あなたに頼めないことなんてないんじゃないですか?」
「実際、本当かどうか」私は言葉あいまいに答えた。
 どこから話しましょう。
「カルツさんはお元気ですか?」私は話の取っ掛かりを作る。
「数学者のカルツ氏は元気と聞いています」宮本秀夫は、さりげなくカルツ氏が数学者であることを付け足す。「三日後のあなたの出発に立ち会うために、フランスから来日するようですし。そうですね、やはりそこからでしょう。このプロジェクトのすべての発端ですので」
「三年前、カルツさんの自宅ポストに情報端末が放り込まれていた、それが最初でしたね?」
「ええ。それで、妙だと思ったカルツ氏が中身を確認したところ、メモリーに保存されていたのは」そこで宮本秀夫は指を一本ずつ上げるという演出めいた動きをしながら、「『未解決問題の証明』『ギャンブルの結果』『ある住所と時間』の三つでした」と述べる。

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