テーマ:お隣さん

隣人はパールバティ

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 ここは東京都下にある中規模のマンションである。僕は埼玉県の生まれだが、大学時代から東京に住み始め、それは今でも続いている。ある春の週末のこと、空き部屋だった隣室が騒がしかった。誰かが引っ越してきたらしい。  
その日の夕方、僕の部屋のチャイムを鳴らす者がある。
「初めまして。隣に引っ越してきた者です。ご挨拶を」
ドアホンを通して聞こえてきたその声はまだ若い女性のものだ。
「はああい」
僕はそう答えてドアを開ける。・・・健康的な褐色の肌ときりっと引き締まった魅惑的な肢体・・・腕まくりをした白シャツの下から、胸が豊かに盛り上がっている・・・二十代後半だろうか・・・彼女は菓子折りを僕に手渡して丁寧にお辞儀をしてくれる。挨拶は型通りのものでほんの一分ほどだった。彼女の名はXX。
僕は独身のエンジニアでマンションに帰るのはいつも深夜である。夕食・夜食は主に外食で、自分の部屋には寝に戻るだけだ。そんな味気ない生活がもう何年も続いていた。ところが、今は魅力的な女性が隣室にいる。
平日は忙しいとはいえ、僕は週末に時折インド関係の本を読むことがある。というのも、数年前に、一年ほどインドのボンベイ支社に派遣されていて、楽しい思い出ばかりが残っているからだ。

 それからほぼ二ヶ月、僕と隣の女性は互いに顔を合わすことがなかった。彼女がどんな仕事をしているのかも分らない。ただ、初対面の挨拶の印象では、普通のOLではなさそうだ。かといって、水商売とも思えない。
 ある週末の昼のことである。よく晴れた空に惹かれて、僕が狭いバルコニーの柵にもたれかかると、隣室の洗濯物がちらりと眼に入った。そこには何かの衣装とおぼしきものが幾つも干されている。よく見ると、ボンベイで何度も見たあのインド舞踊の衣装によく似ていた。ひょっとして、彼女はインド舞踊家なのか?どこかの舞踊教室で教えているのかもしれない。ほんの少しの間でも、僕は彼女の幻にその衣装を着せて楽しんでいた。
 その後のある週末、僕は偶然に最寄り駅の同じホームで彼女と出会った。電車がすぐに来たので、一緒に乗り込んだ。空席に並んで座る。彼女は池袋まで行くという。僕は新宿で友人と会う予定があった。池袋まで三十分ほどだ。
「ひょっとして、あなたって、インド舞踊家?」僕のその問いに、彼女は少し驚いた様子で答える。「ええ。今日は池袋の教室に」。やはりそうか。僕は彼女の部屋のバルコニーでその衣装に気づいたことを話し、自分はボンベイでインド舞踊をよく見たことも話した。「それなら、是非わたしの公演にも」。彼女は嬉々として僕を誘ってくれる。実は、彼女も、何年か前に三年ほどボンベイで舞踊家に師事し、インド舞踊を学んでいたという。僕達の話はそれから大いに盛り上がった。

隣人はパールバティ

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