テーマ:お隣さん

In My Life

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 アパートを大学の近くに借りたのは正解だった。昼に学生生協の裏手にある階段を下りながら、由利子の頭にはいつもそのことが浮かんだ。階段の上の方からは、授業を終えた学生たちの賑やかな声が聞こえている。ほとんどの学生が学食を目指す中、由利子は木が生い茂る裏道を一人で歩いていた。手に提げたビニール袋から立ち上る香ばしい匂いが、空腹感を増幅させる。授業が終わると生協で昼食を買い、アパートに戻って一人で食べるのが由利子の日課だった。由利子にも、会えば挨拶をし、話をする友達がいた。しかし、どの友達とも二人だけで昼食をとるほど親密な関係ではなかったし、友達の友達も交えた何人ものグループに混ざることは由利子にはできなかった。さして楽しくもない話の最中に愛想笑いをするのも、混雑した学食で人数分の席を探すのも、由利子には窮屈だったし、そういうことが上手くできるタイプではなかった。一人でいる方がずっと気が楽だ。そうやっているうちに、友達と友達の友達は本当の友達になり、由利子は誰にもグループの仲間として認識されなくなった。
 由利子の通う大学は、山の中にあると言っても過言ではない。寂れた小さな駅と、小さな個人商店、小さな食堂、そこに学生のためのアパートが並んでいる。大学の敷地内には学食と生協もあるから、暮らしていけないことはない。しかし、大抵の学生は、田舎ながらも商業施設や娯楽施設のある隣の駅か、あるいはもっと賑わったさらに隣の駅に住んだ。読書や映画鑑賞など、家の中で過ごすことが好きな由利子には、あえて電車通学しなければならない他の駅を選ぶ理由がなかった。学校に近いのは一人でいるには便利だったし、由利子はこの街(街というほどではないが)が気に入っていた。毎朝はっとするほどに空気が瑞々しく、夜には季節の香りがした。街灯のない場所は、夜になると自分の足元も見えないほど真っ暗で、空を見上げると信じられない数の星が瞬いていた。
水曜の午後には授業がない。由利子は買ってきたから揚げ弁当を食べると、髪を束ねて掃除機をかけ、汗を荒い流すためにシャワーを浴びた。パソコンデスクに向かって課題レポートを仕上げると、あっという間に夜が訪れた。ここでの暮らしを始めて、由利子は夏の夜が好きになった。窓を開けて、部屋の灯りを落とし、夏の香りを楽しむ。山の夜は夏でも涼しく、窓から入ってくる夜風が心地良かった。氷で薄まった梅酒を一口飲むと、静かな部屋に、氷が転がるカランという音が響いた。虫たちの鳴き声の他には、何の音もしない。静かな夜だ。壁に背を預けて目を閉じていると、眠りがやってくるのがわかった。眠りと静かな夜の間をうとうと行き来していると、小さくギターの音が聞こえてきた。これは夢だろうか。静かな旋律に耳を傾けているうちに、意識は再浮上し、今度ははっきりとその音が現実のものだとわかった。聞いたことのある曲だ。おそらくビートルズだろう。由利子は実家のクリスマスを思い出した。父が流すクリスマスソングはいつも決まってビートルズだった。母はうんざりしていたが、由利子はそれが嫌いではなかった。控えめに、ゆっくりと流れるそのギターの音色を、由利子は懐かしい気持ちで聴いた。音は隣の部屋から聞こえてくるようだった。由利子のアパートは古く、学校の裏手にあるため、それほど多くの学生は住んでいない。三月に四年生が出て行ってからは、さらに空き部屋が増え、一層ひっそりと静かなアパートになった。そのことを由利子は好ましく思っていたが、隣に静かなギター弾きが住んでいることも素敵なことのように思えた。目を閉じて耳を傾けていると、また眠りの気配が降りてきて、今度は的確に由利子を眠りへと導いた。

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