僕の隣りに座ったひと
あれから何年か経った後、そして再び、セミの五月蝿い季節になった。授業も全て前期分が終了し、あとは、レポートのみだという怠惰さに後押しされて、悠々自適の遅寝遅起き生活をエンジョイしていた、そんな今日この頃だった。
玄関のドアベルがなる。僕は相変わらず寝起きがわるく、布団の中でゴソゴソしている。やはり、あの時、あの時間に起きれたのは奇跡だったのだろうか、という程である。二度目のベルが鳴る。やっと気づいたようだ。ドアホンへ倒れかかるように走り、ドアホンを取った。
「はい」
「すみません、隣りの者の親ですがぁ。あーの、倅の都合が悪くなっちゃって、本人じゃあないんですがね。都合で。引越しの挨拶に来たんですよ。引越しの。」
独特でどこか聞き覚えのある口調だったために、少しの間、思い出そうとしてしまっていた。
「あれ、どうかしたんですか。あれ」
はっと我に返る。
「あっ、すみません。ね、寝起きで……えっと、も、もう少し…少々だけ待って…お待ちいただいてもいいですか?」
「おうよぅ」
うん。やっぱりどこかで聞いたことがある、でも、誰だっけ…という痒いところに手が届かない様なモヤモヤ感に包まれながら、お隣さんの親を待たせまいと、いつもの倍くらいのスピードで着替え、玄関前で少し息を整えてからドアをゆっくりと開いた。
すると、あのガチャガチャした服装のおじさんが立っていた。そして、そのおじさんは軽い会釈をした後、紙袋から菓子折りを出して、すっと僕の前に差し出した。
「うるさかったでしょう。おらぁの倅。バンドやってっからさ。バンド。ごめんな」
そうだったのか、と思った。いや騒音さえしなかったから、本当に住んでいるのかさえ疑っていたくらいだった。
「いえ、そ…そんな…」
そもそも出ていくときに、菓子折りを渡すことさえ初めて見たくらいである。ツッコミ所満載だったため、どこから手を付けてよいのやら…と思って呆然としていたが、「ほい、ほい」と言いながら、そのおじさんは貰うことを笑顔で催促していたので、半強制的にそれを貰った。貰うやいなや、くるっと振り向いて去っていったしまった。しかし、僕にはやらなければいけないことがあった。
「あの…」
おじさんは気付かずに歩いていってしまう。
「あの…」
まだ気づかない。
「…あの!」
マンションの廊下に僕の声が響き渡った。おじさんは驚いで振り返った。しかし、一番驚いたのは、他でもない、僕だった。すぐに我に返って、着ていたTシャツで手汗を拭った。
僕の隣りに座ったひと