僕の隣りに座ったひと
「…二十んときにな、ふらぁーっと海外行きたいと思って、海外に。どこか知らないところへ行きたいと思って、適当な島に行ったわけ。適当に。ほんと。名前もしらないような。そしたらさ、なーんか原住民の人にさぁ、ひっ捕えられちゃってさ。原住民に。そんで、もーびっくりしちゃった訳。本当に。でもさ、なーんもすることなくてさ、竹の檻ん中で。演歌歌ってたんだよね。演歌。そうしたらもう、子供達とかさ、娘たちがさ、当時の同じ年齢くらいの。娘たち。集ってきて。ちっこい子とかが、真似っこするわけと。真似っこ。おらぁ、音痴なのに、その通りに歌うわけだよ。無知ってこわいね。ほんと。いや、知らぬが仏か、むしろ。知らんほうがね。
そしたら、もうそっから、若い男衆なんかも集まってきて、すっごい事になったわけ。すっごい事。もうヒーローだ。いや、スターだね。いや、おもしろかったなぁ。流石に今はそんな体力ないけどね。今はね。」
その話している姿は生き生きとしていた。嘘をついているとは思っていなかったが、あまりに有り得ない話だったので、自分の本能がそれを信じようとはしてくれず、そういう気持ちが思いっきり顔に出てしまっていたようだ。ふっと僕の顔を見たおじさんが、ニヤリと笑って僕にこう言った。
「信じろたぁ言わんよ。信じろたぁ。でも、論より証拠かな。でも。」
といって、ポケットに入っていた財布の中から古くて小さな家族写真を取り出した。
その写真には、濃いブラウンの肌をした黒髪の美しい女性と、若き日のおじさん、そして、ブラウンの肌のとてもかわいらしい赤ん坊が写っていた。そして、おじさんは誇らしげにその美しい女性を指差してこう言った。
「帰るときに、一緒に日本に来たんだ、一緒に」
素直に僕はおどろいた。
おじさんは着ていた服の裾を引っぱって、笑いを堪えながら、またぽつりと言った。
「これ、当時もらった衣装の一枚。未だに直して使ってる」
僕はやはり信じてはいなかった。驚きのあまり、口がポカッと開いてしまっている僕の顔を見て、おじさんが大声でわらうと、すかさず警察官が近づいてきて、しばらくこちらの様子を伺った。そして、そんなピリッとした雰囲気をなんとか、おじさんのオーラの様なベールの様な、いやシールドの様な安心感に包まれて、いつもは心のキャパがオーバーしてしまう僕もなんとか持ち堪えた。おじさんは、ポリポリと頭を掻くと再び、先程よりもいっそう白みがかった空を見上げた。穏かな空気がながれていた。
僕の隣りに座ったひと