テーマ:お隣さん

僕の隣りに座ったひと

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 「ありがとうござま…ございます 2716…2761番店…です…です! 」
しばらく、満足気な顔をしてボーっとしている。重要な何かを忘れているとも知らずに。…しばらく経って腕を組む。難しい顔をする。…あ、やっと何かに気がついたようだ。
「ありがとうごま…ございます ダカラ・ナンバー1… 2100…2761、あ、2716、いや違う、2761番店で… です!」
寝起きのガラガラ声のまま、くらい部屋のなかに練習する声が響く。

寝起きのガラガラ声から、声がだいぶ整ってきたとき、ふと思い出したかのように、時計を見ると、起きてから4、50分が経過していた。練習をやめ、横になりながら、ほんの少しの間、ゆっくりと背伸びをして、その勢いで体を起こした。そのまま、布団から少し離れたところに無造作に置かれたままのスマホを手にとり、地図アプリで始発電車までの時間を調べた。

 僕は踵を踏んだまま靴を履き、ドアを開けて外に出て、ポケットから鍵を取り出す。ドアを閉め、鍵を鍵穴に差し込み、勢いよく右にまわす。そして、ドアが閉まったのを確認してから、下宿しはじめて間もないこの部屋から実家へ戻る、という小さな冒険を、「自分はインディー・ジョーンズなのだ」と勝手に脳内補完して、バス代230円の節約と始発に間に合うように歩くことを決めた7.6km先の駅までの道程を、壮大なスペクタクルで自分にお届けしようと、インディー・ジョーンズのテーマ曲を鼻歌で歌いながら、下宿先であるマンションを出る。しかし、再びドアの前まで戻ってきて、鍵が開いていないか力一杯ドアノブを引っぱり、閉まっていることを確認すると、今度こそマンションを離れ、未だ、夜の不気味さがのこる大通りをどんどんと南下していく。

 脚を縺れさせながらも、やっとの思いで駅についた。しかし、始発までに後1時間半ほどある。再び眠気におそわれた僕は、すこしボーっと立ち尽した後、ため息をついて、あたりをぐるぐると見回しながら、駅の周りを歩き、座れるところを探した。

 やっとのことで探し出したバス停付近のベンチに座ろうと、腰を下ろすと、先客のホームレスの方が2名ほどいた。何も恐怖を感じなかった。と言えば嘘になるだろうが、僕もこの帰省用予算を守ろうと平然を装おって、いや寧ろ、自分も家をなくした一人であるような心持ちで、このベンチに腰を下した。そして、背負っていたバッグを膝の上にのせ、それを抱いて、すこしの間ぼーっとしていた。

僕の隣りに座ったひと

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