テーマ:お隣さん

小さい隣人

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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暗闇に照らされた無機質なマンション。コンクリートの外壁は遊び心のかけらもない。夜が来たらそこで寝て、朝が来たら起きて、用があれば出かけて、目的を果たせば帰ってくる。まるで「私たちは所詮、大きな世界の中の小さな存在でしかない。」と強調しているかのような建物だ。
「ただいま。」
エレベーターで5階まで登って手前から4つ目。私たち親子が住む部屋がある。
玄関を開けると、ふわっと香るいつもの我が家の匂いにちょっとだけ安心する。

「ふぅ。」
息をつきながら荷物を床に下ろす。ドサッと音がした。
今夜の食事の材料が入っているビニール袋は、私の右手の指の第二関節にねじ込まれており、鋭い痛みが走っていたのだ。

「ママ、おかえりー。」
5歳になる娘のエリがトコトコと廊下を走ってきた。ヒールを脱ぐために屈み込んだ私に、ためらいもなく突撃してくる。
「ただいま、エリ。」
その衝撃をしっかりと受け止め、私はエリに話しかける。キャッキャと嬉しそうに私に抱きつく。
「さぁ、ママは晩御飯の準備するから、離して。」
「ねーえー。だっこ。」
エリは私の首に手を回したまま、ねだるように言う。一人っ子ということもあってか、この子の甘え癖はなかなか治らない。
「ダーメ。早くしないと今夜の晩御飯がなしになっちゃうよ?」
「え、やだやだ。」
驚いたようにパッと手を離すエリ。私は靴を脱ぐと荷物を持って台所へと向かった。ビニール袋が再び私の指に食い込む。

トントントン。


キャベツを切る音が台所に響き渡る。まな板に包丁。フライパンに鍋。最新式の器具があるわけではないが、この部屋にあるものはまだまだ十分に使える。
夫を亡くしてからこの1LDKの部屋で娘と二人暮らし。贅沢は言えない。

「ママー?」
リビングにいるエリが私に呼びかけた。
「ママはご飯作っているでしょ?大人しくしてて。」
夕食を作る手を止めることなく私は答える。いちいち相手をしていたら時間がいくらあっても足りないことを経験上知っていた。
「ママー?」
再びエリが呼びかける。
「ほらお人形遊びしたりとか、絵本とか読んでいて。ね?」
いつもならこのあたりで諦めて一人で時間を潰しはじめるのであるが、今日のエリは違った。
「ママー?」
なおも私を呼ぶ。そこで、私はその声に、どこか不安の色が混じっていることに気づいた。
「もうー、どうしたの?」
私は腕を止めて尋ねる。エリはポツリとこういった。
「誰かいるよ。」

一瞬の間。私はすぐに振り返る。冷水を背中からかけられたような、ぞくっとする感覚。

小さい隣人

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