テーマ:ご当地物語 / 広島県広島市中心部

のむということ

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「ここすごいね。びっくりする」
「うん。ぼっちゃんなんでこんな店知っとん?」
 どうやらぼっちゃん以外全員がこの店に来るのが初めてらしく、クマと同じように店内を見回しては感嘆の声を漏らしている。ぼっちゃんはというと、皆のその反応を楽しむように眺めてにやついていた。曰く、取引先の人に連れてきて貰ったのが初めで、その後マスターと親しくなりたまに一人で来るらしい。
「あ、すごく高そうな店って思ったけど、そうでもないね」
 クマの隣に座った小十郎がメニューをパラパラめくる。首を伸ばして覗き込むと、確かに調度品で驚かしている割には良心的な価格付けがされていた。
「マスターの趣味であれこれ内装凝ってるけど、それ以外は普通の店だよ」
 ぼっちゃんの言葉に一同がほっとするのと、その背後から高い声が聞こえたのは同時だった。
「ぼっちゃーん! 久しぶりじゃない! 元気してた? はいこれおしぼり。みんなの分もね」
 確認するまでもなく、間違いなく全員の視線が彼に釘づけだった。文末の全てにハートマークが散っているような話し方をした彼は、オールバックで、口元に髭があって、調度品に見合う英国執事のようなスーツスタイルの、どう見ても五十は過ぎているであろうおじさんだった。
「後で注文聞きに来るわね。ゆっくりしてって!」
 カウンターに戻る彼を見届け、一番最初に口を開いたのはクッキーだった。
「ぼっちゃん、ここ、普通の店?」
「あははは! 大丈夫大丈夫! マスター口調だけああじゃけど店はノーマル中のノーマルじゃけぇ。面白いでしょ。びっくりした?」
 楽しそうに笑うぼっちゃんは、明らかにあのマスターを見たクマ達の反応を面白がっていた。
「ちょっと一瞬のインパクトあったわ。なあ?」
 隣に同意を求めると、小十郎は何度も首を縦に振った。
「うん。あたし一瞬、ぼっちゃん女の子連れてるのにそういうお店選んだん? って思った」
「そういう店って?」
「うーん…あとでぼっちゃんにでも聞いて」
 その答え方で概ね察せられたので、「あ、ハイ」と黙る事にする。彼女が使える言葉の中で答えを探したものの上手い具合に見つからなかったのだろう。小十郎は昔からストレートに言いたがらない言葉が多い。
「どう? 決まったかしら」
 話の的にするりと静かに再登場され、ぼっちゃん以外の三人はピシと固まった。クマはさっとぼっちゃんに視線を向ける。
「この前入れていったボトルありますよね? 俺あれのロックで」

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