のむということ
名前だけ見ると大変清らかな印象だが、実際はネオンと酒で満ち満ちた歓楽街である。ノーマルな店ばかりではない事で有名なので、足を踏み入れる最初の一歩には相当の勇気が要る。
「行ってみれば案外普通の街だよ。そんなにヤバい店ばかりじゃないし」
クッキーは風に髪を流されながら飄々とした様子で、着こなしているスーツのせいもあるだろうが、それがいやに大人の雰囲気を感じさせた。
「でも注意して選ばんと食いもんがなんも無かったり、カウンターしかなくて人数入れんかったり、席だけでえらい金掛かるところもある」
「十分ヤバくね? それ」
「西条にあった店と比べちゃいけんよ。あれは金の無い学生向けが殆どじゃし。今までの俺らの店飲みの概念が田舎者のガキだっただけ」
へえ、と言いつつも信じ難かった。クマがこれまで行った事のある酒の出る店は、複数人且つ低予算で長時間駄弁っていたい学生側と一人から回収できる額が少ない分スペースある限り人数を入れて利益を追求したい店側との利害が一致しているものばかりで、そのためかカウンター席も殆ど見たことがない。
「ちょっと想像つかんわ。液体しかない飲食店」
「その違和感は最初だけだって。行ってみればわかる」
ビルとビルの間を抜け、大きな道路とぶつかった。赤信号だったので、幅の広い横断歩道の前で足を止める。
「ざっくりじゃけど、ここが中央通り。その向うが流川。本通りの店って開くのが早い分閉まるのも結構早いんよ。で、向うにある店は開くのが遅い分朝までやってんの」
「へえ、じゃあこのぶっとい横断歩道が境界線?」
「うん。俺らの酒飲む時のパターンがあってさ。一次会で本通り、二次会で中央通りにあるカラオケのどこかに入るか、行き過ぎて流川で飲む。そのまま三次会四次会と酒にするか、流川の中にもカラオケがあるけぇそこで朝まで」
対岸に向けられた指の先を目で追うと、確かにかなり大きめのカラオケ店が四、五件並んでおり、今クマたちがいる場所よりも人が多く賑わっている。
「学生の時は流川なんて行かんもんな。西条行きの終バス九時半じゃし」
「俺ら酒飲む時は店より家じゃったもんな」
その習慣が変わったのは、恐らく各々の住処が離れた事や、働き始めて金の心配が減った事等、理由は様々あるのだろう。店員も他の客も気にせず自分たちだけの空間を繰り広げるあの飲み方はもうしないらしいという事にクマは何も思わずにはいられなかったが、それでも新しい習慣に変えながらこうして集まっているだけ良い、と納得することにした。きっと今日から自分も、その新しい飲み方の中に染まっていくのだから。
のむということ