のむということ
イチオシ店、という響きがぐっと来たので、クマは少しだけ考えた後もう一軒行きたいとクッキーに告げた。了解、とクッキーが背を向けた先で盛り上がったじゃんけんが催され、先頭に立ったのはぼっちゃんだった。
並んで先を行くぼっちゃんと小十郎の後に続く。再びクマの隣に来たクッキーは口を尖らせた。
「残念、あの店クマも絶対気に入ると思ったんじゃけど」
「どんな店?」
「メニューがなくて、光るカウンターで好きな酒頼めて、カラオケもあって、そこにいる人みんなで歌ってみんなで飲むって感じの店」
「なにそれ魅力的」
「じゃろ? ほかにもラクレットチーズ置いてて、棚に酒瓶と同じぐらいの数のガンダムが並んでる店とか。まあそれはまたいつでも行けるか。ぼっちゃんのチョイスもなかなかと思うし、えかろ」
またいつでもというその一言を、ここに住み始めて二年は経つクッキーは何気なく放ったのだと思うが、クマの中にはじわっと嬉しい響きとして広がった。
就職するにあたって広島市を選んだのには、仕事が多いというのもモノが揃った都会というのもあるが、一番の理由は、誰にも言っていないが友人が居なくなったあの土地に住まい続ける事が、大学院に進学したことを後悔する程には寂しかったからだった。
クマが進学後二年間抱えたあの寂しさは、他所から来て卒業後また他所へ行った人間にも、他所から来てクマのように大学院に残り他の友人たちを見送った人間にも、決して感じることのできないものだったと思う。何しろ二十年近く暮らした環境の中に、騒がしい彼らが割って入るように現れ、また居なくなったのだ。幼い頃から見ていた景色の中に彼らと過ごしたあの時間があったという事実がまるで嘘か夢のようで、会いたい人が居ない構内は抜け殻に見え、自分もまたそうであると思えてならなかった。
そんな二年間を過ごしたクマに、今日の集まりの多さが、会話の弾み方が、その一言がどんなに嬉しいかは、きっとどう伝えても伝わらない。
「これどこに向かっとん? 本通り抜けたけど」
ぐるりと辺りを見回しながら訊ねる。付いて歩いているうちにアーケードに覆われたメインストリートを抜けていた。
「あれ、クマあっちの方あんまり行ったことない?」
「あっち?」
「うん、流川」
どこを指しているのかわからない指示語からピンポイントな地名になれば、クマにもおおよその場所は検討がついた。
「え、お前ら流川で飲むようになったん?」
のむということ