のむということ
これもまた大学文化の名残というか弊害というかだな、と思いながらクマはグラスを煽って酒を喉に通した。
入学時に大学生活(先程のような酒的な意味ではなく単位の計算の仕方や授業の難易度といった至って真面目なものである)をレクチャーするための縦割り班が用意されており、上級生から何かしらのあだなを付けられるのが全学部共通の通過儀礼のようなものだった。
由来は本名だったり趣味だったり様々で、例えばコゼニは最初の自己紹介で高校時代三年間五百円玉貯金をして三十万円貯めた事があると話したから。
セーラは命名の日に着ていた服がセーラーカラーだったから。
ぼっちゃんは愛読書が夏目漱石だったから。
ちなみにクマが知る中で最もインパクトが強く最も可哀想だったのは、たまたま班長が手に持っていた菓子の名前をそのまま付けられた、という話だった。その彼は今一番遠い席で女性陣にいじられながらカクテルを飲んでいる。
「そういえばクマって何でクマなんだっけ? 体格?」
「おいぼっちゃん軽く喧嘩売った? 誰が図体熊じゃ」
「じゃあ本名?」
「いや、その頃俺の中でのブームが鮭フライだったから」
正解を言った瞬間三人分とは思えない声量の爆笑が弾け、遠くの席から順にラストオーダーを取り始めている事に気が付くまでに時間が掛かった。
「はーい、じゃあ二次会行く人はこっちね! 帰る人はあっち」
ぼっちゃんの呼び掛けに、店の前でわらわらと広がっていた十五人が二つに分かれる。二次会組に集まっているのはクマを含めて四人だった。
「クマ、ごめん俺らここで」
「また飲もうね。私ら週末は結構暇しとるけぇ」
おう、と手を振って去りゆくコゼニとセーラを見送った。
「あの二人も長いな」
「明日朝一の便で鎌倉らしいよ」
いつの間にか隣に並んで立っていたクッキーがぼそりと呟いた。先程一番遠い席でカクテルを飲んでいた彼である。
「クマ、二次会なんだけど、ぼっちゃんがカラオケの前に酒をもう一軒挟みたいかどうかってさ」
「え、マジ? 俺が決めて良いん」
主役だからという理由で、クマの分の一次会の会費はみんなが出し合ってくれた。だから予定以上に財布の安心感はあるのだが、気になるのは一人分以上の会費を負担したみんなの懐具合だ。
「主役は出さんっていう飲み会、もう何回もしとるけぇみんな具合わかっとるよ。もう一軒飲むなら、俺とぼっちゃんと小十郎がじゃんけんして勝ったヤツのイチオシ店にご案内予定」
のむということ