のむということ
「ここで市内って言ったら、ほんと、この街の近辺の事なんよ」
この街、とセーラが言う今居る場所は大きな駅からも程近い中心地だ。大きなアーケードに囲まれたショッピング街もあれば、周辺には様々な会社のオフィスやそこに勤めるサラリーマン達を目当てにした飲み屋が並び立っているエリアもある。
「具体的には?」
問うてみると、先に答えたのはコゼニだった。
「感覚的な表現じゃけど。俺の中ではここを中心に横川あたりまで」
「ふうん。セーラは?」
「あたしの中では、市電の及ぶ範囲」
隣に首を向けてぼっちゃんにも振ってみる。
「ぼっちゃんは?」
「原爆で焼けたところかな?」
どうやら認識は本当に様々らしい。
「さすがぼっちゃん。生粋の広島市民じゃね」
感心するセーラの出身は山陰だ。頷くコゼニも、確か九州の出である。
「幼稚園の頃から資料館が遠足じゃし、毎年あの地図上に円書いてある模型見てたらなんとなく」
「なるほどね」
「というわけで、クマの新居は市内ではないと」
そのタイミングで二杯目のグラスを回してもらったので受け取ると、ハイ残念でしたー! という掛け声でグラスをぶつけられた。
「まあ大町なら電車もあるしすぐ出て来れるじゃん? 大差ない大差ない」
ぼっちゃんに励まされたが、今この話を聞いていない遠くの席で飲んでいる奴らとはまた同じ会話をするんだろうな、と予感し肩を落とさずにはいられなかった。
「引っ越して二日で新居ディスられるとは思わんかった」
「そういやクマって初一人暮らし?」
「ああ、院行ってた時も実家からだったし」
この春大学院を卒業するまでは実家で暮らしていた。生活は楽だし不満もなかったが、しかし友人の殆どは大学付近で一人暮らしをしていて、当時はそれが無性に羨ましかった。アパートを借りてひとりで暮らし、友人を招いて夜通し騒ぐ事に、ひとかたならぬ憧れがあった。
「お? これは荒らしに行っていい予感?」
コゼニとぼっちゃんがニヤリと笑った。
「荒らすな。普通に遊びに来いや」
「部屋何畳?」
「十二畳」
コゼニは一瞬考えるように視線を上に向けた。
「てことは、二十人はいけるな」
さらっと言われた数字に、首を振らざるを得ない。
「待て待て待て。なんでひとり一畳ですらない程にぶち込む」
「だって昔俺の部屋で飲んだ時もそんぐらい入ったで? クマもおったじゃろ」
「……どの時?」
学生の狭い部屋に大人数が押しかけるなんて、あの頃は日常茶飯事だった。
のむということ