テーマ:二次創作 / 人魚姫

3番目のマーメイド

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しかしまあ、ほんとにあぶなかった。結婚式の招待状が来なかったら、わたしはある日とつぜん泡になっていたところだったんだからね。姉たちが自分の髪の毛とひきかえに、ナイフを魔女から手に入れてくれていなかったらどうなっていたかと思うと、ほんと姉たちにはいくら感謝してもしたりないほど。あれ、どうしたのかしら。ちょっとふるえてる、わたし。ほんとに怖い。何のまえぶれもなく泡になるんですもの。あわわあわわなんていってる暇なんてないのよ。あははは。わらいごとじゃない。やばい。おかしくなってるわたし。それともこれは、いよいよ迫ってきた行為に対する罪悪感からくるものなのかしら。落ち着いて。落ち着かないと。失敗は許されない。失敗イコール死なんだからね。ほかの人魚たちだって、子孫をのこすためにやってることと結果的にはかわらないことじゃない。そうね、こうゆうときは、イルカたちに教わったおまじないが効くはず。×○△×○△×○△。よし。これでだいじょうぶ。うん。ちょっと落ち着いてきた。ふう。
ところでいまは、海のどのあたりなのかしら。しかしまさか、船上結婚式とはね。それも、けっこうな豪華客船。結婚式専用のウェディングクルーズ。遺産で暮らしていけるとはいっていたけど、想像以上のお金なのかもしれないわね。マンションはそれほど広くはないし、わりと古いし、交通の便はいいとはいえないし、そういうところはきちんと倹約できる人間なんだよね、かれって。ううん。そんなことはもうどうだっていいのよ。気がかりなのは、このシチュエーションよ。ひょっとしてこれは運命なのかしら。最初のマーメイドもそうだったから。わたしはきのうまで、この一致をどうとらえたらいいのかずいぶんと考えていたわ。まさか、さいごは泡になることも一緒? そうゆう神様のメッセージ? 結局のところ、運命はかえられないってこと? どんなにあがいても、わたしのほうが死ぬ運命だってことなの?

チャペルへの案内がはじまった。いよいよ彼を殺すまでのカウントダウンが開始された。わたしは代々受け継がれてきた方法で、最終的な勇気のありかを確かめている。ここは招待客用の控え室。ちらちらとみてくるいくつかの視線を感じながら、わたしは片隅の席にぽつんとひとりすわっている。ひとはわりといるけれど、様子をみているとかれらはおたがいに顔見知りのよう。両親は若いころに他界していて、親戚もほとんどいないってかれいってたけど、あれはほんとうだったのね。それだからほんと探偵さんたちも苦労したんだろうなって、いまになって親身になって思ったりする。この状況だからおわかりのとおり、探偵事務所の所長さんはかれは海外にいる可能性が高いと結論づけたので、そこでわたしは断念したわけなんだけど、まあ成功報酬とやらを払わなくてよかったから、腹いせにそのぶんをこの日のためのドレスやネックレスなんかにまわさせてもらったというしだい。なにしろこれが、人生さいごの衣装。それにふさわしい身なりをしたつもり。まあね、1年間というみじかい人生だったけど、かれと過ごした半年あまりの日々はそれなりにたのしかった。言葉を理解して、手話を覚えて、ドライブをして、美味しいものを食べて、すてきな音楽をたくさん聴かせてくれて、そしてずっとあなたと居たいと全力でだだをこねるわたしを受け入れてくれた。それを思うと、いまも胸のどこかがちくりと痛む。だけど、裏切られたまま死ぬことはできない。わたしの決意はかたい。なにしろ人魚がはじめて、地上で人間をあやめてしまう歴史的な日。それがどんなことになるのかわたしにはわからない。地上の世界の何を壊すのか。あるいは何かをかえてしまうのか。星になる人間だもの。神様はこのやりかたを許してくれるだろうか。子孫繁栄のためならばそれは必要なことだけど、これはどうかな。わたしには想像つかない。無責任なのは承知している。少なくとも、海の世界での人魚のイメージを根底からくつがえすことになる。快楽ではなく、暴力でひとのいのちを奪ってしまうのだから。わたしは非難されるのだろうか。わたしの居場所は、海にもなくなってしまうのだろうか。姉たちやなかまたちに影響はないといいのだけれど。頼れるのは魔女だけになってしまうのかな。それとも、わたしが魔女になってしまうのだろうか。

3番目のマーメイド

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