テーマ:一人暮らし

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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「……ごめんね……」

ボソッと呟いたところで、ガタッと音がした。
音の方を振り向くと、弟がトイレから出て来るところ。パッと目が合い、お互いにギョッとする。
「あ、んた……」
「……えっと……」
キョトキョトと周囲を見回す弟は私のよく知るちょっとダメんズな弟様だ。
「お……俺も、ゴメン……」
空っぽそうな頭をかいて、照れ笑いをする。
「ちゃんと母さんたちと話してみる。母さんたちにもヤなこと言われて……イライラしてた」
へらへら笑いが板についている、ちゃらんぽらんで何にも考えて無さそうな私の弟。でも、彼にだってやっぱり言われたら傷つくこともあるのだ。
「姉ちゃんも……たまには、母さんたちと話してみてよ?」
言いにくそうにそっぽを向く弟に「どういうこと?」思わず訊ねる。弟はゆっくりと視線を彷徨わせ、うーとかあーとか変な声を出して目をぱちくりしていた。
「かぁちゃんが……」
弟の視線が、チラチラと私に向けられる。それを黙って見つめていると、弟はおずおずと口を開いた。
「かぁちゃんたちのこと嫌いだからねぇちゃんは出て行ったんだ、って、かあちゃんが言うから……。違うって言ってもきかねぇし。めんどくさくなって、出てきちゃった」
ブツブツ呟く弟は保育園児のようだ。不貞腐れて口を尖らす。
「でも、今帰ったらねぇちゃんのこと証明しないまんま帰っちゃうじゃん?それじゃ、だめじゃん?」
成人とは程遠い口調で口を尖らせて続ける弟。今までならば『あざとい』としか思わなかっただろう。でも、今は彼のそんな幼い様子が私の知っている弟らしくて少しホッとする。さっきまでの威圧的で嫌な男はどこへやら。肩の力がお互いに抜け落ちた。
なんだかとてもくだらないことを2人でゴチャゴチャと考えてしまっていたようだ。考え過ぎは我が家の遺伝なのだろうか?
「馬鹿だねぇ、あんた……」
そんなことを呟きながら、本当にバカだったのは誰だったのだろうか? と1人思っていた。
両親からの弟に向けられる愛情と私に向けられる愛情を並べて比べることが怖かった。両親を見ていて、絶対に私への愛情のほうが少ないと思っていたから。でも、まっすぐ、その2つを、背ぇ比べをするように並べたら、私たちへの愛情は、一体、差など本当にあったのだろうか?
「帰ろ。私もそのうち連休取れたら行くから。お土産でも持ってく」
気の抜けた心持ちのまま、笑顔なのかはにかみなのかわからない表情をしてしまった気がする。でも多分、私が穏やかに微笑めていたのだろう。緊張していた弟の肩がストン、と落ちる。はは、と少し力無く笑い、お土産かぁ、と呟いていた。

9階から見える景色

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