9階から見える景色
あの湿気た畳の臭いが大嫌いだ。唇を噛んで黙る事しかできない私を1人呼び出し、暗い部屋で呪文を聴かされる。あの、空気のなんと不味かったことか?
「……あんたは、いつもそうやって……姉とか、ねぇちゃんとか……」
私だって好きで姉に生まれたわけではない。好きでしっかりしているわけでもない。むしろ、しっかりなんてしていた覚えなんか1秒だって無かった。
「姉なんかに生まれたくなかった……あんたのせいだ……」
ボロボロと言葉と一緒に涙が溢れる。泣いたって仕方無いし、そんなことはみっともない以外の何物でもないことは解っているけれど。
案の定、弟が冷めた瞳で私を見てくる。
「女ってみんなそうだよな。泣けば勝てると思いやがって」
俺は居座るから、と宣言する弟に何も言えない。何か言葉を発すれば、もっともっと涙が零れてしまいそうだった。
「きらいよ! あんたなんか……ずっと! ずっと、嫌いだった……ッ!!」
グジグジと鼻をすすり、あふれた涙をティッシュで拭う。そうして、そのティッシュを次々と弟に向かって投げる。子供っぽいとかバカみたいとかそんなのは一番自分が分かっている。でも、止められない。ただ溢れる感情と声と涙でいっぱいいっぱいだ。
弟は何も言ってこない。ただ、気の抜けたエプロン姿でキッチンに立っている。私は構わず、チーン、と大きな音をたてて鼻をかんだ。それもまた弟に投げようとしていたら、弟が何か小さく呟いていた。
なによ? と問うと、奥歯を噛み締めて真っ赤な顔をする弟と目が合った。怒っている、とも、笑っている、とも、拗ねている、とも違う。やけに大人びた静かな表情。なのに、ヒシヒシと圧迫感がある。今まで押し込めていたものが一気に溢れ出す瞬間の直前ような。初めて見る顔だった。
「俺だって、嫌いだよ。あんたなんか……」
この期に及んでそんなことを言うのかとムカッ腹が立つ。口を挟む間もなく、弟が噛みつくようにしゃべり始めた。
「いっつもあんたはいい子ぶりやがって、何でもかんでも大して出来るわけでもねぇのに『頑張ってるね』とか『健気だね』とか褒められやがって! あんたがそんなだから俺は! 結局、なんも出来なくて笑って誤魔化すしかねぇんじゃん! 後からどうにか取り繕うために小細工したりしなきゃいけねぇんじゃん! 先に生まれた奴は良いよな? 出来ても出来なくてもまぁまぁ褒められやがって。後に生まれた方は結局、あんたとおんなじくらいの事しても『そのくらいか……』だもんな? インパクト弱いわ! 部屋だって、1番良い部屋取りやがって……! わかってねぇだろ、この、クソ姉貴!」
9階から見える景色