テーマ:一人暮らし

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そんなことが繰り返され、私はついに一人暮らしを決意した。
考えてみれば、3LDKの小さな1軒家に大の大人が4人もいるなんておかしな話なのである。両親にとっては夢のマイホームだったのかもしれないが、それだって、バブル後のどさくさで買わされ、あちこちに手抜き工事が見え隠れしていた。壁紙は剥がれかけているし、毎年冬になると結露する窓枠は下の方がカビている。各部屋のドアはギシギシいい、引き戸はガタガタいう。両親の部屋なんか北側の和室なものだからいつだって湿気った畳の臭いがし、フローリングは色褪せ、脱衣所の床がフニャフニャだった。
あの家もきっと限界なのだろう。私の生まれる10年近く前に建てられたものなので、築30年は経っていることになる。耐震強度だって危ういのではなかろうか?
だから、実家からでも車があれば十分に通える距離の職場に就職した私が
「一人暮らしします」
と言った時も、両親は
「わかった」
たった、それだけ。
それを一瞬、寂しいと思った私がいたのは仕方がないだろう。まだ私にも少しは幼い心が残っていたのだ。


職場で同僚の千恵子に弟の愚痴を言ってみた。
彼女は私同様、幼い頃から姉妹の世話で苦労していたので意気投合したのを覚えている。入社当初から仲が良い私たちは入社1カ月程度で互いの家に遊びに行くほどになり、3カ月経った最近は、お互いの部屋に泊まることもしばしばあった。なので、千恵子を泊めるたびに部屋が狭いと言われてはいるのだ。だからあの小さな部屋に弟が居候なんてとんでもない、と千恵子も言うだろうと期待していた。
「おねぇちゃん頼ってくるなんて可愛い弟じゃない」
姉妹しか居ないらしい千恵子はそんな呑気なことを言いながらお弁当をつついていた。千恵子が可愛いお弁当を作るものだから、私も自分の弁当になんとなく手を抜けないでいる。
「うちの妹たちが家出なんかしたら真っ先に彼氏んとこ乗り込むね、絶対」
千恵子の弁当箱に入っている鮮やかな黄色のだし巻き玉子は今日も焦げ1つ無い。千恵子は本当に料理上手だ。本人は「妹たちに苦労かけられた遺産」と揶揄していたが、理由は何であれ料理ができることは尊敬に値する。
うちは弟。千恵子は妹2人だ。同じく兄弟の世話を焼かされたと言ってもうちは、レトルトでもカップ麺でも作ってやれば喜んでいた。
「おねぇちゃんに優しくされた記憶があるから頼るんじゃないの?」
久々なんだし優しくしてあげたら? と千恵子に微笑まれる。

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