6月期
テーマ:一人暮らし
9階から見える景色
「って言っても、この距離でお土産も何もないけど」
私がくすくすと笑い始めると、どうやら弟も調子を取り戻してきたようで、ウキウキと目を輝かせ始める。弟の「らしい」反応に私も少しずつ「姉」に戻れる気がした。
「あ、じゃぁ、俺にクーラー買って!」
「何? クーラー壊れたの?」
「ちっげーよ! うち、ねぇちゃんの部屋とリビングにしかクーラー、無ぇんだかんな?」
そうやって不満顔をさらす弟と、幼い弟の面影が重なる。なるほど、1番いい部屋ってそういうことか。そういえば、大昔に私の部屋にクーラーがあることで揉めたことがあった。でも、それは両親がガンとして私の部屋の所有権を守ってくれたのだった。
「男の子なんだから我慢しなさい、なんて今時言ったらセクハラで訴えられちゃうぞ?」
不満そうに呟く弟を私はただ笑うしかない。でも、実家を出た私の部屋を律儀に残してくれている両親にも弟にも感謝してしまいそうになった。それがなんだかくすぐったい。
実家の2階。それは、小さくて古いとても閉じた空間。私は大人になったから、そこを出た。
実家の部屋からは見えなかった景色がここからはよく見える。
気まぐれに走る電車、止まったり走ったりを繰り返す車たち。早足に歩くサラリーマン、お喋りに忙しそうな若いお母さんと大きなベビーカー。
でも、それだけじゃない。
畳の匂いが懐かしくなったり、父親のいびきが懐かしくなったり。海で変なおじさんと会って「過ぎたるは及ばざるがごとし」なんて言われたり。
そういうものに気づけたから、今度こそやっと本当の大人になれそうな気がする。
高いところも、悪くない。
9階から見える景色