テーマ:一人暮らし

ミントティー

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「まるで結納だわ」
とつぶやいた。
夫の愛人の父親は、地元で有名なレストランチェーンを経営していた。
平たくいえば資産家の一人娘であった。結婚は一度経験している。35才の娘の初めての妊娠であり、無理は重々承知で、奥様には本当に申し訳なく、出来るだけのことはさせて頂きますので、夫を婿に貰えないだろうか、というものであった。
そして深々と3人で頭を下げられた。
夫をみると、もう君に任せたというような心もとない顔をしている。
茜は、唐突なその提案に眩暈を起こしそうになりながら
「少し考えさせてくださいませんか?」
と、やっとの思いで疑問形ではあったが断定的な口調で答えた。面会は危惧したようなこともなく、淡々と終えることが出来た。

判断は茜に委ねられているような気がした。この人は私が騒いで引き止めれば留まるだろうし、承諾すればあちらへ行くのだろう。

(3)
 子育てを終えた身と、今から子育てをする身、そして今の自分はどれほど浩一郎を必要としているのだろうか。
 茜の思考は一見堂々巡りのようでもあったが、少しずつでも自分の本心に誠実に考えることで着実に進んでいった。
  茜の辿り着いた答えは、常識や世間に照らし合わせてみれば、瞬時に却下されてしまいそうだが
「必要としているところに譲ってもいいのではないか。」
というものであった。
やっと生み出された答えに、もう少し衣を着せたいのと、やはり子ども達の意見も聞きたいと思った。
日曜日のお昼過ぎ、一人暮らしを始めたばかりの息子の部屋を訪ねた。
なかなかキレイに暮らしている。
「一人暮らしかぁ・・・」
茜は大学在学中に夫と見合をして、卒業の頃には結婚式の日取りが決まっていた。実家暮らしから夫の家での新婚生活となり、一人暮らしを経験したことはなかった。

結局、息子の返事は予想通り
「母さんの好きにしたらいいと思うよ。」
といったものだった。

翌週、茜はハワイに住む娘の所へ羽田からの直行便に乗っていた。
物事の起こっている場所から実際にある程度の距離を離れてみると、思ったよりずっと客観的になれるものだと改めて思った。そして南の島の開放的な明るい空気がその思いに拍車を掛けた。

久し振り会う娘は一段と頼もしさを増している。こうして人は現役のバトンを手渡していくのかと実感できるのはありがたいことだ。それはまるで、もう肩の力を抜いていいのだと言われているようであった。

子どもたちは次のスッテップヘ躊躇なく軽やかに進んで行く。それに比べ、大人になり変化に戸惑いを覚えるのはいつからだろう。

ミントティー

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