wi-fiにのせて
「あの子だったのね、インフルエンザは。先週のハンバーグもなんか子どもの好みよね。そうかそうか。うん、アカウント主はあの子なのよ」
「小学生がそんなことできるかな」
「こんないたずらめいたこと、考えれば考えるほど、子どもがやりそうじゃない。来週はどうなってるんだろうねえ」
これまで来客はそれぞれ、違う情報をおしえてきた。だから、また変わっていても不思議ではない。
黙っていると駅に着いてしまった。そして、そのまま、急ぐ彼女を見送った。改札口に彼女の笑顔が残った。
ぶらぶらと帰り道を一人で歩きながら、wi-fiの謎のアカウント主について考えた。けれども、僕の関心はそれが誰かということよりも、次回の更新にあった。
僕はあの子どもがやっているとは信じていない。興味もない。誰がやっていたっていい。ただ、ふいに始まった彼女とのやりとりは貴重だった。
石田晴美が家に来た次の週、アカウント名は案の定変わっていた。
「仲条公園の向日葵が見頃」
仲条公園は、やはり近所にある公園だ。社内ですれ違った彼女に伝えると、嬉しそうに「それ、本当?」と聞いてきた。アカウント名が変わったことを聞いてるのか、向日葵の話か曖昧だったが、僕は首を小さく縦に振った。
仕事以外の話題は楽しい。
更新があるたびに彼女に報告をした。すると、そのたびに彼女はあの少年を思い出し、微笑む。
「あの子、こんなことを更新してるんだ。面白い子ね」
八月に入った。
wi-fiのニュースが「八/八 ジャガーズ対バンディッツ瑞樹小にて十四時プレイボール」と更新された。明日だ。瑞樹小学校は地元の公立小である。少年のユニフォームを思い浮かべるが、ジャガーズだったかバンディッツだったか。
僕は彼女にLINEを送った。
彼女からはすぐに返事があった。「あの子の試合なんだね。明日、予定ないから観に行ってもいいな。」すぐさま彼女を誘う。屈託のないO.K.がすぐに返ってきた。
駅の改札口で合流したのはもう十五時だった。
遅れてきたのは彼女のほうだったが、悪びれずに先頭を歩く。ちょっとタイトなジーンズがもともと細身のスタイルを強調していた。淡いピンクの薄手のカーディガンとベージュのパンプスが、きつめの印象を和らげていた。場所はすでに調べてあるように、足取りがスムーズだった。
小路を二本ほど折れると、向こうから歓声が聞こえてくる。
校庭にはりめぐらされた金網からグラウンドをのぞく。スコアボードは五回の裏、七対三でバンディッツが勝っていて、さらにバンディッツの攻撃。少年の姿はグラウンドにはない。バンディッツのベンチを探してもなく、ジャガーズのベンチにいた。控え選手らしい。
wi-fiにのせて