お隣さん
大人たちは黙って高校生の話を聞いている。ハルさんも手を止め、いつになく真剣な表情だ。
「で、ここからが本題なんですが、いまのところおばあちゃんが入院している間、大家の仕事はおばあちゃんの方の親戚がやってくれるそうで、俺たちは今まで通り住めるそうです。でも、もし親戚の方たちの気持ちが変わったりして、あとおばあちゃんに万が一のことがあったら退居しないといけない場合もあるんで、代わりの住まいをそれぞれ考えといた方がいいってことを今日伝えにきました」
氷がグラスにぶつかる音がした。店内の心地いい音量のざわめき。たまになる電子音。続く店員の放物線を描けるような声。
「大家ってさ、誰でもなれるよね?」
「え?」
「アパートの大家になるのに資格とかいらないよね?」
清子さんが身を乗り出して誰かに聞いている。服の前方が垂れて、意外に白い胸元がはだけている。
「さあ、そこまでは分からない」
清子さんは背もたれに体を預ける。胸元は隠された。そのまま彼女は腕を組んで、何かを考えている素振りを見せた。
「もし、何かあったら私が大家やってもいいよ」
「は!? それなら私が大家やる」
一番に清子さんの発言に反応したのはハルさんだった。ハルさんの頭の中にはお金のことが浮かんでいるのだろう。
「別にお金が欲しいわけじゃないよ、今のアパートに今まで通り住んでいたいだけ」
それから清子さんは口の端をきれいに持ち上げて目を細めた。ハルさんは片頬を膨らましたが、すぐに向き直し
「それよかさ、高橋君の歓迎会やらない?」
ハルさんは話題を変えてきた。ストローで緑色の飲み物を口に含んで、舌で口の周りをぬぐう。モタイさんもようやく白い歯を見せた。目尻に現れ表れた皺に日差しが入り込む。
「高橋君何やりたい?」
「えっ……」
彼は照れを隠すように頬を人差し指でかく。
「私花火やりたーい」
ハルさんが子供のように片手を伸ばした。その瞬間、緑色が私の目の前で弾けた。
「いいじゃん」
モタイさんも楽しげに賛同する。清子さんは腕を解いてグラスに手を伸ばしている。
「春香ちゃんは?」
涼しげに髪のピンクを揺らして、ハルさんは自身の小ぶりの顔を私に向けてきた。目の上のアイシャドウが光を反射している。
「楽しそう
「よし決定!」
七月の中旬。大家さんの手術は無事成功して、症状も回復してきた。私たちは花火を買いにコンビニまで繰り出す。街灯の音のような、虫が焼かれている音のような短い連続した低音が耳につく。肌に粘りついた熱気を風がさらっていく。喋り声の合間に、すぐそばの大通りで通り過ぎる車のエンジン音が聞こえてくる。
お隣さん