夢のあと
「生まれ育った町を取り壊すってのは、辛いものがあるな」
私をなでる手は、ごつごつとしていましたが、あの「泣き虫たける」の懐かしいぬくもりをたたえていました。しかし、もう誰も、「泣き虫たける」と呼ぶ人はいません。
「監督! 重機はこっちでいいですか」
その声にたけるは振り向き、あぁ、いま行く、とざくざく走っていきました。
「取り壊す」という言葉に、私は斜面が冷えました。何台ものクレーンの影がゆっくりと伸び、公園に日陰をつくりました。クレーンのてっぺんから鉄の鎖が、その先には貯水タンクのような鉄の玉がぶら下がってゆらゆら揺れていました。その姿は、一見すると、何か新しい遊具のようでした。
たけるが指示を出すと、その不気味な遊具は大きく振りかぶって一棟に体当たりし、屋上を砕きました。派手な音が鳴り響き、ばらばらと瓦礫や破片が振ってきました。舞い上がるほこりに空は曇り、そのうちにも、第二球がマンションに打ち込まれ、さらに多くの鉄のかたまりが、地面に積もります。
どぉん、ばらばら。
私は、夜じゅうともる団地の灯りや、小学校のチャイムや、ホイッスルを思いました。
どぉん、ばらばら。
子供たちの遊ぶ声と、お母さんがたのお喋りを思いました。
どぉん、ばらばらばら。
ななこの笑い声、たけるの泣き声、打ち上げ花火、そして歓声。
打ち砕かれていくのはどれもこれも、「わかばニュータウン」にかつてあった、私の愛するものたちでした。
建てるのには何日もかかったのに、すっかり取り壊してしまうのは、一瞬でした。
団地あっというまに瓦礫の山になり、その瓦礫はショベルカーでもって、トラックに荷台に積まれました。それをたけるが指揮をとってやっていると思うと、なんだか大がかりな砂遊びのようでした。
もうもうと舞う土ぼこりの向こうに、ぼうぼうに生い茂ったススキの野っぱらと、広い空がのぞめました。一陣の風が、私に降り積もった細かな破片やほこりを、吹き飛ばしていきます。最後にシーソーを飴細工のように地面からひっぺがし、トラックの荷台に載せてしまうと、ヘルメットをかぶった若者が、私を指さし、言いました。
「監督、こいつも積んでいきますか?」
たけるがふりむき、私を見ました。私も、たけるを見ました。
たけるが足をならしてやって来て、私の下をのぞきこみました。
赤いりぼんや、花柄のりぼん、黄色いチェックに、水玉もよう、金魚のようなひらひらしたの。
夢のあと