テーマ:ご当地物語 / 北海道

冬が好きな虫

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風さえなければ、雪もそんなに悪くはない。
どこまで続いているのか分からない灰色の雲から、ちょっと重たい雪が、一生懸命に落ちてくる。
そんな時、
「しんしん」
という音がするのを、私は、幾度となく耳にした。
冬の、一定の気象条件が整ったときしか、出番がない雪。
彼らは彼らで、短い生を唄っているのだ。
しんしん、しんしん、と。

氷も同じ。
一年中、瑠璃色の歌を響かせている海のような大きな湖。
その歌をせき止めようとするかのように、冷たく、無機質な音を立てて、氷が水面を覆っていく。
水から水への嫉妬。
私は、氷を責める気にはなれない。

外は、動の世界。
北の土地に建つ家は暖かく、その扉を後ろ手に閉めてしまえば、冬は止まる。
ところが、その日、私は、家の中で、動く冬を見つけた。
廊下に佇む、一匹の虫を。

「どこから来たの」
私は、虫にたずねた。
「下から」
と、虫は答える。
「下って、どこの下」
「ここの下」

虫は、長く喋るのが苦手みたいだった。
人間でも、そういう人はいる。
私は、急がなかった。
冬の間は、時間はたくさんある。

私は、家のことをしながら、虫と話を続けた。
一度にたくさん話すと、虫は、疲れるみたいだった。
だから、私が、掃除をしたり、料理を作ったり、書き物をしたりする合間に、少しだけ話すくらいで、丁度よかったようだ。

虫の住処は、凍った湖の下にある「宮廷」。
その「宮廷」は、普段は真っ暗で、自分がどこにいるのかも分からない。
冬が来ると、「宮廷」に、光が差し込む。
その光を頼りに、虫は、「宮廷」の中を歩き始めるのだそうだ。

冬に、地中に光が差す仕組みについては、虫は、何も知らないようだった。
冬になると発光する特殊な生物が、この辺の土地に、多く棲んでいるのかもしれない。
あの湖は、とてつもなく深い。
その更に下にある世界なのだから、何がいてもおかしくはないだろう。

明かりさえあれば、「宮廷」の中を歩くのは簡単なのかと思ったら、そうでもないらしい。
「宮廷」は、虫の体よりも大きな石で出来ていて、その石が、でこぼこに並んでいる。
壁も、同じ石が、でこぼこに並んで出来ている。
その石の「中に」見える「星の光」を頼りに、虫は、歩き続ける。

道が二手に分かれていれば、少しでも、明かりが多い方に進む。
やがて、石と石の隙間から顔を出している花が見えてくる。
その花の下をくぐり、間をすり抜け、虫は、歩き続ける。

足元に咲く、邪魔な花もある。
この花は、石の表面に顔を出していたり、半分埋もれていたりする。

冬が好きな虫

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