すぐりの卵
そこで言葉を切る。すぐりがすうっと息を吸い込むのを見ていたら、次になにを言おうとしているのか分かってしまった。風がひやりと冷たいせいか、鼻の奥がキンとした。気付かない振りをする。
「もしかして、もしかするとね、あの子は私たちの子なんじゃないかなあ」
すぐりはそう言うと、眉尻を下げて、本当に幸せそうに笑った。
ああ。すぐりが笑った。
「だから騒がなかったんじゃないかな。私がママだから。だからあんなに信頼しきって、しっかり手を握っていたんじゃないかって思うの」
あの子が僕らの子どもだなんて、そんなことはありえないと思う。でも、とガラス越しに見えた姿を思い起こす。利発そうな顔立ち。黒の中の黒と言えるくらい真っ黒で艶やかな髪。ほんの少ししか見ていないけれど、すぐりに似ていないと言えば嘘になる。
「あんなに小さいのに、福耳なんだよ。よしくんとそっくりだった」
福耳の人間くらい、他にもいくらだっている。笑い飛ばしたくなるような話だ。でも、笑い飛ばせなかった。
「もしもあの子が僕らの子どもだとしたら、どうしてこんな所にいるって言うんだよ?」
もしもなんてない。あの子は死んだ。
すぐりはなんでそんなこと聞くの、とでも言いたげに小鼻を膨らまして、はっきりと答える。
「お別れをしに来たのよ」
足し算を解けと言われたかのような明快な答えだった。
「そんなわけ、ないだろう?」
自分の声が力なく震えている。
「どうして?」
「あの子はもう、いないじゃないか! 会いに来るなんて、そんなこと、そんな馬鹿なことないんだよ!」
大の男が取り乱すなんてみっともないと思う気持ちも、すぐりがどう思うか慮る余裕も失っていた。すぐりが眉根を寄せた。
「ありえないって言うなら、私だってそう思うよ」
「じゃあ、なんでそんなしょうもないこと言うんだよ」
そんなに僕を困らせたいか。それとも、本当におかしくなってしまったのか。
返ってきた答えは、呆れるほど単純なものだった。
「だって、そうだという気がするんだもの」
すぐりはゆっくりと天を仰いだ。
「ここは空に近いから」
口元で構えていた反論が消える。その言葉は、不思議と心にすとんと落ちた。さらりとした風が山の下から僕らの足下を撫でていく。すぐりの艶やかな黒髪が風に踊った。
「よしくんも、そう思わない?」
うっすらと唇に笑みを浮かべて、すぐりが言った。
質問には答えずに、真似をして顔を上げてみる。空には雲一つ浮かんでいない。太陽が近いせいか、強い日差しが目に染みた。目をつむると、涙が転がるように頬を伝う。
すぐりの卵