すぐりの卵
よしくんは微笑んだ。よしくんの小さい目は、笑うとなくなってしまう。その顔がとても愛らしくて、いつからか、彼と同じように笑う子どもを産みたいと思うようになった。
また暗い顔をしていたのか、よしくんが頭を撫でてくれる。私の頭の上を何度も往復する大きくて暖かい手は、子どもを慰めるように優しい。私のお腹を何度も撫でた手だ。その重さが胸を締め付ける。
苦しくなって手を払った。私はよしくんを睨み付けていたかもしれない。
「ごめん。嫌だった?」
困ったような顔でそう聞く。
「違う」
強い口調になった。
「違うの」
なんと言って伝えればいいのか分からない。そもそも、言いたいことがあるのかもよく分からない。私のせいでごめんね? 駄目だ。それはもう何度も言った。困らせるだけだ。もっと自分の気持ちも大事にして? 違う。口に出したら違和感はもっと広がるだろう。どれも私の言いたいことではない。
よしくんは優しい。その優しさが大好きで一緒になった。でもその優しさは、人にばかり与えられていた。自分だって辛いはずなのに、私のことばかり気遣って。今回の旅行だってそう。私の家族がいくらオープンだとはいえ、嫁の家族だ。気を遣わないわけがない。
言葉を選んでるうちに、よしくんはそっと手を差し出した。
「みんなのところへ行こうか」
手を握る。大きな手が力強く握り返す。
「みんなはどこ?」
「たまごへ一目散」
と笑いながら売店を指差した。売店の後ろにはところどころ吹き出す白い煙が見える。
「勝手な人たち」
売店へ向かって歩き出す。
誰も口には出さないけれど、多分みんなは私を励ますために集まったのだろう。お父さんとお姉ちゃんは会社を休み、檀はきっと、授業を休んだ。よしくんもそうだ。そのくせ、いつも通りに好き勝手に行動して、主役ともいえる私のことも平気で置き去りにする。
「いいじゃないか、自由で。気を遣わなくていいから僕も楽だよ」
「そうね」
そんな家族に苛立ちながらも、ほっとしているのは確かだった。
駐車場からの階段を上がるとき、一段一段、よしくんの手が下からぐっと力を込めて私を支える。身重の私にしていたのと同じように振る舞うよしくんに、思わず目を伏せた。
連れ立って売店に入ると、壁際に並べられた丸テーブルの周りでみんながたまごを食べている。
「来た来た。ここよー、すぐり!」
お母さんが大きく手を振って、私を呼んだ。他のお客さんがこちらに視線を寄越す。俯きながら、早足でテーブルに辿り着いて、噛み付いた。
すぐりの卵