すぐりの卵
文句あるか、とばかりに檀くんは怒鳴ったけれど、きっと今、彼の顔は真っ赤になっている。
お義母さんがぷっと吹き出した。
「あのときは二人してびいびい泣いてねえ。その横でなつめは澄まして食べてるし、本当に可笑しかった」
はっはとお義父さんが笑う。
「それでね、善明くん」
「あ、はい」
「そのたまごを食べると、長生きできるんですって」
なにもなかったかのように、さらっと話を戻すお義母さん。
「へえ」
正直、たまご一つ食べたくらいで寿命が延びるとは思えないけれど。
「着いたらみんなで食べましょうね」
と嬉しそうに笑うお義母さんの横顔は、少女のそれのようだった。真っ黒だという黒たまごへの期待が少しだけ高まる。
そのとき、すぐりが呟いた。
「長生きなんて。したって意味ないのに」
いつも通りの小さな声だったけれど、静かな車内で聞き取るには十分だった。
みんながすぐりの言葉を聞いて、口を閉ざした。お義母さんが選んだユーミンの軽快な音楽が、やけによそよそしく聞こえる。
「僕は」
かっさかさの声が出た。
「すぐりが長生きしてくれたら嬉しいけどな」
今朝車に乗り込んでから、一度もこちらを見ない妻の背中に言葉を投げる。僕の言葉がすぐりの背中のバリアに当たって、二人の間に落ちたのが見えた気がした。
「いいなぁ。すぐりは」
なつめさんもおどけた口調で続ける。
「私もそんなこと言われたーい」
檀くんがすかさず突っ込んだ。
「まずは相手を探したら?」
「生意気ねぇ、檀。そういうあんただって人のこと言えないでしょう?」
「なつ姉には関係ないだろ」
姉弟が騒いでいると、お義母さんが助手席から勢い良く振り向いた。
「そんなの、母さんがいくらでも言ってあげるわよ。私の大事な家族が、長生きしてくれたら、私はとっても嬉しい」
お義母さんの真剣な眼差しは、すぐりの横顔に向けられていた。お義母さんは少し視線を落とした後、
「善明くん。あなたもよ」
と言って、微笑んだ。皺が刻まれたその顔は、少女ではなく、母の顔だった。
「ありがとうございます」
本当に。ありがとうございます。
すぐりのお腹から僕らの子どもがいなくなって、一か月が経った。塞ぎ込むすぐりを見ていられなくて、気分転換に外へ連れ出す予定だった。でも、仕事を終えて帰宅した僕を見る度に顔を歪め、涙ぐむすぐりを見て、自分一人で彼女をどうにかする自信がまるでなくなってしまった。人を騙しまくる馬鹿げたバラエティーを、ひくりとも笑わずに二人で見ていたとき、お義母さんの手料理を持った檀くんが遊びに来た。僕より七つも年下の檀くんは、何気なく零した悩みに「女の悩みは女に」と至極真っ当なアドバイスをくれ、頼もしく立ち回り、夫婦旅を家族旅行へと変えた。
すぐりの卵