おかえりなさい
なんだか家探しのコツを掴んだような気持ちになり、その日はひたすらノートパソコンの前でカーソルを動かしながら、二次元の世界からの家探しに没頭していた。
気づくと晴れ間の中から覗いていた陽は傾いていた。
翌日、いつも通り、店に出勤すると、昌代さんがすでに店内にいた。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
昌代さんは仕入れてきた花の仕分けをしているところだった。
「そろそろ夏の花が入荷する時期になったわね」という昌代さんの言葉に私は花々に目を向けた。柔らかい色合いの花の束は確かに春の終わりと夏の到来を告げている。この仕事をしていると、季節によって入れ替わってくる花を見ることで身体が感じるよりも五感で季節の移りを感じる。
今日のアレンジ教室では季節の移りを感じられるものにしたいとグリーンを基調にしたサマーリースを作るつもりでいたので、サンキライ、アジサイ、ディアボログリーンを手に取る。確実に季節の移りと時間の経過を感じながら、それらを組み合わせていった。
その週は比較的忙しく、注文が多く入っていたので帰宅時間はいつもよりも遅くなっていた。「忙しくしていると時間の密度が上がるからあっという間に一週間なんて終わっちゃう」というのは昌代さんの言葉だが、この一週間は私にとってまさにそれだった。
朝、お店に出て、夕方過ぎにお店を出る。その合間の時間があっという間に過ぎるのだ。そして、帰宅するとインターネットで物件探しをする。先日、偶然見つけたサイトに出会い、わざわざ街まで出なくてもこうして家でゆっくりと物件を見ることができるので、帰宅するとパソコンを立ちあげる習慣がついてしまった。同時に誰にも相談していない分、無責任な話だが、眺めるだけで終わってしまうような気もしていた。
今日もそんな一日が終り、私はパソコンの電源を落としてベッドに横になっていた。静かに目をとじると、風の音がする。葉っぱと葉っぱがこすり合わされる音に耳をすませる。
空気はそこにあることを私たちはあまり意識しない。
でも空気がなくなってしまうとなると無視はできない。
そこにあることが当たり前で、なくなることはない。
そこにいることが当たり前で、いなくなることはない。
でも、本当に私達が当たり前だと思っていること、それは普通の事なのだろうか、当たり前の事なのだろうか。
ぼんやりとそんなことを思った。
翌日、私は不動産屋にいた。とうとう行動を起こすことにしたのだ。インターネットからあらかじめ調べておいた店に行ったので私にあまり迷いはなかった。受付をしてくれた女性は私よりも少し年上だろうか。柔らかな笑顔で受け答えをしてくれた。
おかえりなさい