おかえりなさい
最近は陽が長くなって来て時間の感覚が冬の時とは違うので、手際が悪くなってしまうのか、結局お店を出たのは夕方の七時を過ぎていた。生ぬるい風を受けながら駅までの道のりを歩く。ふと感傷的な気持ちになるけれどその気持を振り払うために「今日の晩ごはんは何にしようかな」などと考えながら、冷蔵庫の中身に思いを巡らすと気が紛れてくる。スーパーで買い足すものがあるかどうか思案していると前方に小さい子どもが母親に手を引かれて歩道を歩いているのが見えた。たぶん保育園かなにかの帰り道なのだろう。今日あったことを懸命に母親に伝えようとしている。
「それでね、今日は嫌いなピーマンも食べたよ」
「あとね、お砂場でお団子いっぱい作ったの」
「いっぱい、たくさん、作ったんだよ」
母親もそれに笑顔で応える。
「そう、偉かったね、楽しかったね」
その様子をすれ違う時にこっそり見た。嬉しい笑顔、優しい笑顔がそこにはあった。
私はいつから人に対して一生懸命に話をすることを諦めてしまったんだろう。いくら遡っても答えは出てきそうになかった。
空を見ると夜空に金星が強い光を放っていた。
その日は朝から雨の音で目が覚めた。ベランダに打ち付ける小さい雨粒の音は眠りの妨げにはならず私はいつまでも布団の中でその音を聞いていた。時計を見るともうお昼前になろうとしていた。いくら休みの日だといっても「これではいけない」と思いぐずぐずした気持ちを断ち切り、布団から出る。
テレビの電源を入れると、ちょうど気象情報が始まったところだった。画面には雨に濡れた東京の姿があった。天気予報士が今日の午後からは天気が回復することを伝えており、窓の外を見ると、西の空は徐々に明るくなり始めていた。
私は、コーヒーを入れ、ミルクをたっぷりと入れて飲んだ。午後から晴れると言っても洗濯物は外に干せそうにない今日は部屋の掃除だけ簡単に済ませることにした。
一人暮らしに必要十分の室内とあって、あっという間に掃除は終わり、私はすぐに手持ち無沙汰になった。本を引っ張り出して、勉強をしたり、たまっていた雑誌にも目を通してみたが、時計の針の進みは良くなかった。
ふと先週の不動産屋めぐりのことを思い出し、鞄から手帳を引っ張り出した。それに併せてノートパソコンを立ち上げる。手帳のページをめくり、物件を確認しながらそれぞれの不動産屋のHPにアクセスしてみる。『沿線、エリア、住所』選択肢はたくさんあるが、私が通勤に便利とする場所は限定されていたので、それぞれにカーソルを合わせながら、間取りや金額といった様々な条件も追加で入れていく。画面が切り替わり、自分が設定した条件に従って物件の画像が出てくる。あまりにも膨大なページ数と一つ一つ違う不動産屋のページを見ているので、自分が何を見ているのかだんだん分からなくなってくる。半ば諦めかけた時、思いつきで検索バーに『賃貸、探す』と入力してみると、検索システムのトップページに目が行った。試しにクリックしてみると、『不動産情報サイト』と書かれていた。さっきと同じように検索の条件入力をしていくと違う不動産屋が混在したページが出てくる。
おかえりなさい