まぶたの裏のトワイライトゾーン
(さびしい、さびしい……)
ひれの下には、光沢を帯びどっしりとした胴体が伸び、やがてあの巨大な目玉が現れた。ぼくは、捕まえられそうになった恐怖を思い出して体がぞくっとしたが、その姿を不気味とは感じなかった。美しい、とさえ思った。それは、ぼくも同じトワイライトゾーンの生き物だからなのだろうか。
「さびしいの?」
おっかなびっくり、声をかける。ダイオウイカはぴたりと動きを止め、目玉をゆっくりと動かしてぼくを見た。じっとこちらをうかがっているようだった。つばを飲み込み、もう一度声をかける。
「『さびしい』と言っていたのはきみだね、ダイオウイカ」
すると、かすかな声が、まぶたの裏に響いたんだ。
(「ダイオウイカ」? それ、私のことですか?)
目玉は、あいかわらずじっとこちらを見据えたままだ。巨大な瞳は、よく見るとやさしげで、海の水なのか、はたまた涙なのか、潤んでゆらゆら揺れていた。
「そうだよ。君は深海のトワイライトゾーンに住む生き物なんだ」
ぼくは答えた。誰かと声を交わすのは久々で、予想以上に胸が震えた。それが例え、人でなくても。
(私、この目のおかげで、暗いところでもよく見えます。でも、あなたの姿、見えません)
ダイオウイカは、触手を方々へ動かし、ぼくに触れようと試みたが、無駄だった。
(きっとあなたの体、透明。発光しないですね。それじゃあ、食べるのはあきらめます)
ぼくは安心した。と同時に、実はすでに眠りのなかで、これは夢なんじゃないかと思い始めた。でも、どうせ夢なら、とことん楽しんでやろうじゃないか。
「『さびしい』って言っていたのは君だね?」
ぼくはもう一度、やさしく声をかけた。
(そうです。私、ずっとひとりぼっち)
ダイオウイカはそう言うと、大きなまばたきをした。巨大な目のまわりの濃い闇がゆらりと動き、無数の泡がのぼっていった。
(あなたには、家族いますか?)
まばたきを終えて、ダイオウイカが尋ねた。
「いるよ」
まぶたの上の方でひらひらと揺れる薄っぺらいひれに向かって、ぼくは答えた。
ダイオウイカは、目玉の近くにある筒のような器官から、ぷしゅうと水を吐き出した。それは、もしかすると、ため息だったのかもしれない。
(うらやましです。知り合いのマッコウクジラにも、家族います。私いません)
ぼくは元気づけようと思って言った。
「ぼくも、今はひとりで暮らしているよ。家族は、遠いところに住んでる。君の家族も、きっとどこかの海で、元気にやってるんじゃないかな」
まぶたの裏のトワイライトゾーン