おこのみやき
その頃からだろうか。僕はだんだんと、皆と馴染めなくなってきていた。
坂田は「場の空気が読めてへん」という。何か発言をするとすぐに、「それ、今言うことちゃうやろ。ワタル君ておもろいなぁ」と、女の子たちに笑われてしまう。
地元にいる時にはそんなことを言われたことがなかったのに、大学に入った途端、そういわれるようになった。僕はだんだん恐ろしくなって、話すことに消極的になっていった。
「気にせんとき」と坂田は言うけれど、女の子たちが笑うと、自分がひどくバカにされているような気がして、逃げたくなってしまうのだった。
自分は、大阪人の高すぎるコミュニケーションに、付いていけないのかもしれないと思うようになっていた。さっきだって、そうだ。間違ったら、大きな声で間違っていると言う。やりたいことがあれば、やりたいという。それが、普通やろ、なんて、坂田は思っている。でも、僕の「普通」はちょっと違う。僕は青森の田舎の人間だ。ちょっとくらい間違っていることは、自分が我慢すれば済む話だと思ってしまう。細かい、とるにたりない問題で、相手に迷惑をかけたくないと思ってしまう。やりたいことがあっても、自分からやりたいと言うよりも、周囲の人もそれをやりたいと思っているなら、譲ろうと思う。僕にとっては、そうすることが普通で、無理なんかしていなかった。でも、坂田は、そんな僕が「変な奴」だという。僕はどこも変なんかじゃない。ただ、僕の育ってきた場所と、坂田の育ってきた場所が、違うだけだ。
「ただいま」
僕はぼそりと言って、家の中に入る。ひとり暮らしのアパート。家には誰もいない。部屋の隅に畳んだ布団に、僕はどっさりともたれかかった。都会は、人が多くて疲れる。人が多いからこそ、あんなにみんな、自分のしたいことをガンガン言うんだろうな。僕が育ってきた所は、もっと、人が少なくて、そんなにガンガンいわなくったって、みんなの意見がなんとなく伝わったものだ。僕はこの大阪と言う街に、人当たりしている。
「あだまもぢいぐね…」
僕はそうつぶやいて、目をつぶった。こっちにきてから、津軽弁も使ってなかった。
少し疲れて眠ってしまったようだ。
携帯の音で目を覚まし、僕はねぼけながら電話をとった。
「お?ワタルか?」妙に騒がしい場所から電話をかけているようだ。坂田のガラガラ声が聞きづらい。
「ん。坂田か」
「今、家にいるのか?」
「そうだけど」
「今から、おまえんち、行ってもええか?」
おこのみやき