テーマ:一人暮らし

僕のカレーと君の謎

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「たくさんは死なないけど。大体、誰かが殺されちゃうところから始まるね」
ミステリーはとりあえず死体を転がせば話が始まる。
「そういえばさ、先週末、うちのホテルでおかしな事件があってさ」
怪我の功名とはこの事か。いずれ作品のネタになれば幸いだ。鍋の蓋が蒸気でパタパタと動き出す。スマホを肩と耳で挟み、「何があったの?」と聞きながら、鍋の蓋を開けて灰汁を取る。
「幽ぅ霊ぃ騒ぎぃ」
わざと声色を変えて、怪談調に美樹が言う。
「それは興味深いね」
「もう少し怖がっても良くない?」
「う~、怖いねぇ」「馬鹿にしてるわけ?」
「そんな恐ろしいこと出来るわけない」
 洗濯機のブザーが鳴り、ビクッとなる。
「誰か来た?」
「乾燥終了の合図。で、何があったの?」
「スィートルームにさ、金曜から二泊、親子三人の宿泊があったの」
「お金持ち?」
「ご贔屓頂いているお医者様のご一家」
へぇと相槌を打ち、再び灰汁を取り、お玉でひと混ぜし、中の具材の柔らかさを確認する。
「鹿児島でお父様から病院を受け継いでらっしゃってて、何年か前までは年に三、四回は泊まりに来て下さってたのよ」
「やっぱりお金持ちだ」
「町の過疎化が進んで、最近は経営も大変みたいだけどね」
「そうなんだ」
「チェックインの時、奥さんが言ってた。最近は年に一回の旅行も厳しいって。もっと家族との思い出を作りたいのにってさ」
「切ないね」
 隣の部屋からピアノの音が聞こえてきた。正確には隣の隣の三○一号室だろう。三○二の住人もピアノを弾くが、そっちはかなり上手い。この下手さは三○一号室のものだ。不快とまでは言わないが、心理的に不安にさせる不協和音。怪談の始まりには、ある意味ぴったりかも知れない。
「それでさ、その十歳になる娘さんが買ってもらったばかりのお気に入りの人形を持ってきててね。その人形がちょっとヤバイんだ」
「ヤバイ・・・ねぇ」
「古めかしいアンティークな西洋人形でさ。まぁアンティークだから古いのは当たり前なんだけど。これがさ、全く可愛くないの」
 キッチンタイマーが鳴り、もう一度具材の煮え具合を確認する。いい感じだ。火を止めて粗熱を取る。この粗熱を取るのがポイントで、しっかり冷まさなければルゥのダマが出来てしまい、ドロドロの原因になってしまう。
「白いフリルが付いた黒い服着て、黒髪で茶色い瞳の女の子の人形。笑ってでもいたら愛嬌あるんだろうけど、表情が全くないんだよね。正直、不気味な感じ。ほら、クリスティーナ・リッチみたいな?」

僕のカレーと君の謎

ページ: 1 2 3 4

この作品を
みんなにシェア

5月期作品のトップへ